縁起の悪い年越し
突如としてミアの前に現れた復讐者ヘルスターと守り神妖狐。ヘルスターは高笑いして、そして、数秒後に焼かれて妖狐の上から落ちる。妖狐はヘルスターを燃やすと、ミアたちの様子をジッと見つめ出した。
「なんだったんじゃ? こやつは」
「馬鹿ですね」
「馬鹿ってもんじゃねえだろ」
丸焦げになったヘルスターを見つめるミアとブラキとルーサは冷や汗を流した。するとそこでミアが十倍に薄めた万能ポーションをバシャッと豪快にかけ、ヘルスターの体はみるみると回復していった。
「こんな奴を助けていいのか?」
「ワシとしては死んでもらっても構わんのじゃけど、聞きたい事があるからのう」
「それもそうか」
納得し乍らルーサがヘルスターの上に座る。その行動にブラキが冷ややかな目をルーサに向けた。
「ちょと。やめなよ」
「ブラキの言う通りなのじゃ」
「そんな所に座ると汚いよ」
(え? 可哀想とかそう言うのじゃないのじゃ?)
「こうやっていつ起きても良いようにしてんだよ。それよりもオレはあの狐が何でこいつと一緒にいたのかが気になるな。ミア、ちょっと聞いて来いよ」
「確かに少し気になるのじゃ」
「ルーサあ。ミア“お嬢様”でしょ! またルニィさんに怒られるよ」
「へっ。侍女長が怖くて護衛が務まるかよ」
「あら。それは頼もしいですね。侍女見習いのルーサ」
「――っうげ! 出た!」
「うげ? 出た?」
ルニィの説教が始まり、ルーサが真っ青な顔で小さくなると、ミアとブラキが冷や汗を流した。やはりルーサもルニィママには敵わないようだ。と言うか、ビビるくらいならちゃんとすれば良いのにと思うミアとブラキである。
さて、それはそれとして、周囲は随分と賑やかだ。建物は崩れたものの、結局怪我人は一人もおらず皆が無事。敢えて言うならヘルスターが真っ黒焦げになった事くらいだけど、それも万能ポーションのおかげで癒えている。本当に何だったんだ。な感じだが、観光客たちは妖狐の姿を見て怯えるどころか盛り上がっていた。と言うか、地震の災害から妖狐が助けてくれたのだろうと、皆が感謝していた。そんな中、回復したからか、ヘルスターが早くも目を覚ます。と言っても、身動きが取れないように鎖で縛ってはいるが。
「ミア! 貴女だけは絶対に許しません! 一度ならず二度までも! 妖狐を利用し、愚民どもを恐怖に陥れる計画が貴女のせいで水の泡です!」
(今回はワシは何もしておらぬのじゃ)
「と言うかお主、何故その様な事を……」
「アンスリウム様が国王となられた時、モノーケランドの侍王がアンスリウム様との会合を断り続けていたからです! この国は腐っている! 侍王を始めとした全ての国民を一度粛清する必要があるのです! この国を洗浄し浄化する事で、アンスリウム様が治めるに相応しい国になるのです!」
(侍王が伝染病で身動きとれんのを知らんかったんじゃのう。にしても……言ってる事が滅茶苦茶なのじゃ)
「そんなつまらない理由で粛清とは、モノーケランドにもチェラズスフロウレスにも大きな迷惑なのじゃ」
「黙れ! 全ての元凶! 恥を知りなさい! この卑怯者!」
「…………」
(話が通じないタイプは何を言っても無駄じゃのう。言葉のキャッチボールも出来ないのじゃ)
などとミアが考えていると、ヒルグラッセがヘルスターの頭を掴んで地面とキスさせる。ヒルグラッセの顔は一目で怒っていると分かる凄みがあった。
「今直ぐこのゴミを片付けますので、少々お待ちください」
「こやつには聞きたい事もあるし、片付けなくて良いのじゃ」
「聞きたい事ですか……?」
「うむ。こやつにはクリマさんの事を――」
「ミア! 朗報よ」
クリマーテの情報を聞き出そうとしていると、ミアがヒルグラッセに話そうとした時だ。リリィが大声でミアを呼び、朗報と言って小走りで近づいて来た。ミアが首を傾げてリリィと目を合わせると、リリィは微笑んで言葉を続ける。
「今さっきジャスミンから連絡があって、あの馬鹿とフィーラの居場所が分かったわ」
「それは本当なのじゃ!?」
思いもよらない人物からの連絡に、行方不明だったネモフィラとモーナの居場所の判明。それ等にミアが驚くと、リリィが「ええ」と頷き、言葉を続ける。
「どうやら、二人はフラウロスが身を潜めていた“魔石もぐらの炭坑”にいるみたいよ」
「魔石もぐらの炭坑……なのじゃ?」
「ええ。魔宝帝国の領土なのだけど、ここから約五百キロ程南西に進んだ先にある炭坑よ。しかもそこには、貴女の侍女クリマーテが捕まっている様ね」
「なんじゃと!?」
「どうやらあの馬鹿、私達には言っていない事があるみたいね。その話をそこの男に聞きたいのだけど……ヒルグラッセ、その男と話をさせて貰ってもいいかしら?」
リリィが質問すると、ヒルグラッセは一度ミアと目を合わせて、ミアが頷くのを見てからヘルスターの頭を離した。
「野蛮な連中め! アンスリウム様の神罰を受けて後悔するが――――っごふ!」
ヘルスターが宙を舞う。ヒルグラッセから離されたヘルスターが騒ぎ出したので、リリィに顔を蹴られたのだ。ヘルスターは血反吐を吐き出しながら転がり、瓦礫の山に突っ込んで再び倒れる。直後にリリィが一瞬でヘルスターの側に行き、その顔を掴んでアイアンクローを決めてそのまま持ち上げた。すると、恐ろしい事にヘルスターの足が地面から離れ、顔だけで持ち上げられた状態になる。それを見て、ミアが恐怖で顔を青ざめさせて震えた。
「野蛮で結構。貴方の望み通り、野蛮なやり方で聞いてあげるわね」
(り、リリィ先生怖すぎなのじゃ!)
リリィが背筋が凍りついてしまいそうな程に恐ろしい笑みを見せ、その後、ヘルスターの断末魔に似た悲鳴が除夜の鐘の如く百八回響いて新年を迎えた。




