失踪事件発生
時刻は夜も深まった十時過ぎ。後少しで年越しを迎えるその時間に、ミアはガバッと起きて目を覚ました。目覚めると直ぐに時計を見て、年明けまで時間がある事を知って安堵の息を吐き出す。布団から出ると、鏡で寝癖があるのを確認して「面倒だからこのままで良いのじゃ」なんて呟き乍ら、服も乱れたまま部屋を出る。すると、部屋を出て直ぐの場所、扉の横にヒルグラッセが立っていて目がかち合った。
「み、ミア様……」
「おはようなのじゃ。ルニィさんの姿が見えぬようじゃが、何処へ行ったのじゃ? 十時前に起こしに来てくれる筈だったのじゃ」
「――っ」
ミアが尋ねると、ヒルグラッセは少し驚いた顔して、部屋の中の時計を見て時間を確認する。そして、何やら焦るような表情を見せた。
「どうしたのじゃ?」
「申し訳ございません。ミア様がおやすみになられている間に、ネモフィラ様の行方が分からなくなりました」
「い、今なんと……?」
「ネモフィラ様が失踪してしまったのです」
「な、なんじゃとおおおおおお!? どどどどど、どう言う事なのじゃ!?」
「分かりません。今分かっているのは、同時にモーナス様も一緒にいなくなっている事だけです」
「モーナスさんもなのじゃ?」
「はい。ですので、恐らく二人で何処かに出かけたと思うのですが、リリィ様も行方を知らないと言っていました。今は総出でネモフィラ様の行方を捜しているのです」
「それでワシを起こしに来なかったわけじゃな」
「申し訳ございません」
「謝る必要は無いのじゃ」
真面目で何でも完璧にこなすルニィが、時間を忘れる程の事件が起きたのだ。ネモフィラの失踪となれば、それを責めれらる筈も無い。ヒルグラッセから更に説明を聞けば、ルニィを含め全員がミアを心配させない為に、寝ている間に見つけ出そうとしていたようだ。そして、ネモフィラ失踪に気がついたのは、ミアが年越しと初日の出を見る為に仮眠して眠りについて直ぐだった。
リリィとの話を終えた後に、ミアはネモフィラと別れて直ぐに仮眠すると言って寝ていた。メイクーの証言によれば、ネモフィラがリリィの話の内容を伝える為に部屋に戻っ時に、直ぐにモーナが部屋に訪ねてきた。部屋の外で話していたから何の話をしていたのかは分からないらしく、でも、その後直ぐに戻って来たらしい。しかし、ネモフィラの様子がどこかおかしかった。事件が起きたのは、それから暫らく経ってからの事だった。
侍女のルティアがモーナに呼び出しを受けていなくなり、その後直ぐにネモフィラがお手洗いに行きたいと言い出した。だけど、丁度その時はメイクーが食事休憩の時間だった。休憩中と言っても、ヘルスターの件もあったので、ネモフィラの側で食事をしていた。だから、メイクーは食事を一先ずやめて、護衛の為に一緒について行こうと思ったのだけど、トイレは直ぐそこだからとネモフィラに食事を続けるように勧められた。その時、そう言う事ならとメイクーは油断してしまい、ネモフィラの好意に甘えて食事を続けてしまったのだ。そして事件が起きてしまった。
ネモフィラがトイレから帰って来ない事に気がつき、おかしいと思ったメイクーが様子を見に行くと、途中でルティアとばったり会って呼び出したモーナがいない事を知らされる。メイクーは一気に血の気が引き、トイレへと急ぎ、ネモフィラの失踪が判明した。それから直ぐにリリィが泊まっている部屋に行ったが、残念ながらリリィも行方を知らない。メイクーはこの事をミア以外の者に伝えて、ヒルグラッセだけミアの泊まる部屋の扉の前で待機し、ミアの侍従も含めて総出でネモフィラを捜す事になった。
ミアはそれを聞くと顔を真っ青にさせて、直ぐに魔法を使おうとしてミミミを出した。
「ミア様。お待ちを」
「ええい。止めるでないのじゃ。サーチライトでフィーラの居場所を捜すのじゃ」
「なりません。そんな事をすれば――」
「フィーラの方が大事なのじゃ」
「これはネモフィラ様の意思での事かもしれないのですよ」
「フィーラの意思……なのじゃ?」
「はい」
魔法でネモフィラの居場所を捜そうと思ったミアだったけど、ヒルグラッセの言葉で止まる。すると、ヒルグラッセは真剣な面持ちをミアに向けて、ゆっくりと言葉を続けた。
「ネモフィラ様が失踪の原因となったお手洗いに向かわれた時に、わざと一人になれる時間を作ったと考えられるのです」
「……確かに、言われてみるとそうなのじゃ」
「モーナス様がルティアを呼び出した事もそうです。恐らくモーナス様とネモフィラ様の二人だけで話された時に考えた事でしょう」
「しかし、それなら何故皆に黙っていなくなるような事をしたのじゃ?」
「それは分かりません。だからこそ、万が一の事を考え、ルニィ達もネモフィラ様を捜しています」
「なら、ワシも魔法で捜すのじゃ」
「なりません」
「何故じゃ!? 何かあってからでは遅いではないか」
「それは、ミア様の正体を知られてしまう可能性を生むからだけではありません。もしこの山にヘルスターがいた場合に、奴にミア様の居場所を知らせる事になるかもしれないからです」
「ヘルスターが居ようが居まいが関係ないのじゃ」
「あります。リリィ様やモーナス様に聞いた事をお忘れですか? 奴は復讐の為、そしてアンスリウムを解放する為にミア様を狙っているのです。居場所を知らせてしまえば、隙を見て襲って来るかもしれません」
「…………」
「私は……いいえ。私達はミア様を危険に晒す事はしたくないのです。だから、ミア様がおやすみになられている間に、見つけ出そうとしていました」
「……分かったのじゃ」
ミアは力無く頷いた。決して納得したわけじゃない。ここで魔法を使ってしまえば、自分の事を思って行動してくれたルニィたちを裏切る事になると思ったからだ。だから、ミアは魔法を使うのをやめて、ヒルグラッセを真っ直ぐと見た。
「グラッセさん。ワシ等も行くのじゃ」
「承知しました」




