万能ポーション入門編
侍王は全盛期では一騎当千の実力の持ち主だった。隣国のブレゴンラスドでもその実力は認められていて、度々武を競い合う交流戦をする程に。その交流戦も侍王は観戦では無く、自らが戦いに身を投じる程の戦い好きだ。そしてそれはそれだけには止まらず、国内で何か事件があれば先陣切って解決に向かう程で、民からの支持も多かった。しかし、そんな彼も病には勝てなかった。
事の発端は、伝染病が流行り出した時に居ても立っても居られなくなった侍王が、原因も不明で治せる見込みも無いのに現場の応援に行ってしまった事だ。臣下が止めるのも聞かずに城を飛び出して、現場で寝る暇も無く病と戦う患者を診ていた医者の手伝いをした。そのせいで自らも病にかかるという結果になったのだ。
この病は未だに原因が不明で治る見込みも無く、感染の恐れがあるから危険なもの。食欲不振になり水さえも体が受け付けなくなり、最後には死に至る。とんでもなく危険な伝染病で、今では他の者に移さぬようにと結界の中で寝ているわけだ。
正直な話、こんな状態の侍王をミアたちが待っていた部屋まで連れて行くなんて無理だった。結界ごと侍王を移動させるとか、そんな馬鹿な事が出来るわけがない。何より、侍王の身を案じれば、体への負担を少しでも避けたい。侍王が直接自ら会いに来なかった理由を、ミアはその姿を見て十分な程に理解した。
「エンゴウから話は聞いた。チェラズスフロウレスからの入港の拒否の件はすまなかった。言い訳をするようで申し訳ないが、この国は私と同じ病の者がたくさんいる。だから、マイコメールの件が丁度良い理由だと考えたのだ」
「その……もしかして、この病はマイコメールの事件より前に既に起きていたのですか?」
「ああ。其方の言う通りだ。天翼会にも報告はして、この件は内密にしてもらっている。国内でも箝口令を敷いたが、それでは抑えられ無い程の規模になってしまった。世界中に知れ渡るのも、もうそう長くはないだろうな」
侍王の説明を受けると、ネモフィラの近衛騎士になりきって後ろに座って聞いていたミアが、ふと思い出す。
(そう言えば、ジャスミン先生がモノーケランド寮の転移装置を使えなかったと言っておったのう。あの時はマイコメールの病が理由と言っておったが、本当はこれが理由だったのじゃな)
ミアはネモフィラの背中をそっとつついた。ネモフィラはつつかれると、つつかれた意味を直ぐに理解して、ミアが作り出した万能ポーションを「献上致します」と告げて畳の上にそっと置いた。
「それは?」
「チェラズスフロウレスにしか咲かない花から作り出した“万能ポーション”です」
「万能ポーション……? すると、これがエンゴウの言っていた薬と言うわけか。しかし、万能と言っても、効くかどうかは試してみなければ分からぬのだろ?」
「絶対に効きます!」
「っ!」
絶対に効くと自信満々に答えたネモフィラに、侍王が目を見張って驚いた。どんな薬であろうと絶対はない。ましてや、自分がかかっている流行病はチェラズスフロウレスには無いものだ。それなのに、ここまで自信を持って治せると言うのだから、驚くなと言う方が無理である。
いや。驚きすぎて、寧ろ呆れるまであった。しかもこの薬は薬草の色をしていて、それは漫画やアニメで見るような綺麗なものでは無く、どちらかと言うと青汁のような不味そうな色。と言うか、見た目えぐくて毒にしか見えない。
何も知らない侍王からすれば、まだ幼いネモフィラの遊びに、皆が渋々付き合ってあげているようにしか見えなかった。しかし、ネモフィラを見ればとても真剣に見える。邪推に扱うわけにはいかないのも事実だ。侍王は少し考えてから、言葉を選んで遠回しに断る事にした。
「気持ちは誠に嬉しいが、少々自信過剰だな。助けに来てくれた事には礼を言う。しかし、其方が考えている程この病は甘くない。そんな簡単なものではないのだ」
「心配しなくても大丈夫です。絶対治ります」
「…………」
侍王は今度は目を点にして驚き、エンゴウに視線を移した。すると、あろう事かエンゴウまで自信あり気な表情を見せる。侍王は動揺を見せて困惑し、やれやれとため息を吐き出す。そして、全てに諦めるような表情を見せて「薬をここに」と告げた。
それを聞くとネモフィラはエンゴウに薬を渡し、エンゴウが侍王の許まで薬を持って行き、結界の中に入って薬を差し出す。侍王は己が実験台になる覚悟を決めたかのような顔で薬を見つめ、そして、やせ細った腕を伸ばして薬を手に取った。
「エンゴウ。私に何かあれば、後の事は頼んだぞ」
侍王は今生の別れでもするかのような言葉を告げると、差し出された薬を一気に飲み干した。そして――
「うおおおおおお!? なんだこれは!? 力がみなぎるぞおおおっっ!!!」
「こ、これは……っ!?」
――見事に復活……と言うか、病が治っただけでなく、やせ細った体が膨れ上がって筋肉モリモリになりました。
(や、やりすぎたのじゃあ!)




