侍女の旅路(3)
モーナの家の中は五千坪もある豪邸だけあって想像を超えた広さだった。一部屋一部屋が広いのはもちろん、廊下も広くて天井も高い。しかし、暫らく暮らしていなかった影響もあって随分と汚れていた。ただ、それが逆に功を成した。何故なら、所々に足跡が残っていて、侵入者が何処を移動していたのかが分かったからだ。と言っても、足跡は何重にも重なっていて、侵入者の居場所を示すには至らなかったが。
「この足跡の様子だと侵入者は複数人……いえ。ここで何日も滞在しているのかもしれませんね」
「二人だろ」
「え? そんな事が分かるんですか?」
「同じのが二種類だけだからな」
「凄いですね。ここまでぐちゃぐちゃだと私には違いが分かりません」
「それより何で途中から足跡が出たんだ? 玄関の方には無かったぞ」
「別の場所から侵入をしたのではないですか? これだけ広いお屋敷なら、中に入る場所はたくさんありそうですし、態々玄関に行く必要も無いかもしれません」
「おお。お前、頭良いな。最強な私と良いコンビになれるわよ」
「それは光栄で――」
「――敵だ!」
突然モーナがクリマーテのメイド服の襟を掴んで、勢いよく後ろへと跳躍する。すると、クリマーテが立っていた床に、二十センチはあるであろう鋼鉄の針がトストストスと何本も刺さった。
クリマーテは一瞬何があったのか分からず頭にクエスチョンマークを浮かべたが、直ぐに床に刺さったその大きな針を見て顔を真っ青にさせる。
「くそ。奇襲に失敗したわ」
「あれだけ騒いでたらって、それどころじゃないですよ! なんでヘルスターがここにいるんですか!?」
クリマーテは青い顔を更に青くさせて驚いた。何故なら、目の前に攻撃した犯人……かつてネモフィラの教育係をしていた裏切り者、ヘルスター=グレイマルが現れたからだ。ヘルスターはミアに敗れて天翼会に預けられた犯罪者で、ここにいるはずの無い人間。しかし、その顔を見間違える筈はない。
ヘルスターの隣には、知らない四十代前半くらいの女が立っていた。女は後ろ髪が膝下まで届く緑の髪に、つり目の瞳はルビーのように赤い。頭の両サイドから生える真っ黒な角や、背中からは蝙蝠のような羽が生え、腰からは真っ黒で艶のある尻尾が生えている。その姿を見れば分かる通り、女は間違いなく魔人だ。そして、女は天翼会の制服を着ていて、妖艶な笑みを浮かべていた。
「も、モーナス様。あの方の制服は天翼会の……っ」
「そうだな。奴は私と同じ魔族の魔人フラウロスだ。しかも多分お尋ね者だぞ」
「お尋ね者……?」
お尋ね者と聞いてクリマーテが困惑すると、可笑しそうにヘルスターが笑みを浮かべた。
「これはこれは。あの忌まわしい聖女の召使いではないですか。それに、まさかここの家主が帰って来るとは思いませんでしたよ」
「そうね。でも、一緒に侍女がいるのは好都合だわ。聖女の侍女ともなれば、利用価値が申し分ないでしょうから」
「仰る通りですね。神である我が主アンスリウム様をお助けする為に、存分に利用して差しあげましょう」
「アンスリウムは私の大事な子。あの子が成長して成人を迎えたら、私の夫にする予定だったのに、聖女は本当に忌々しい事をしてくれたわ」
完全に私怨の入った感情をむき出しにして、二人の大人がそれをぶつけるようにクリマーテとモーナを睨む。その目は悍ましい程に醜く、クリマーテは背筋をブルリと震わせた。
「ま、まさか、天翼会で出た裏切り者って……」
「あいつだな」
モーナが答えると、クリマーテは青くなった顔を更に青くさせて一歩後退る。すると、モーナがクリマーテの前に出て、ニヤリと勝気な笑みを浮かべた。
「こっちも色々調べてたからな。お前の話は聞いてるぞ。フラウロス。甘狸に追われてるらしいな? でも、私の家に勝手に上がりこんだのが運の尽きだ。甘狸の代わりに、私がここでぶっ倒してやるわ!」
「アハハハハ。相変わらずねえ。マモン。その威勢の良さが懐かしいわ。昔の好で貴女は見逃してあげても良いのよ?」
「命を乞うのはお前の方だ!」
「哀れねえ。マモン。分かったわ。じゃあ、殺してあげる」
モーナとフラウロスの二人は睨み合い、そして――
「逃げられると面倒です。貴女には眠っていてもらいましょうか」
「…………ぁがっ」
――二人の戦いに気を取られ、クリマーテはヘルスターの接近に気がつかず、気絶させられてしまった。




