侍女の旅路(2)
「は、話には聞いてましたけど、とても大きいお屋敷ですね……」
「でしょ? モーナって馬鹿だけど、結構良いとこ住んでるよね」
「今はカナのとこで暮らしてるから住んでないぞ。あと、馬鹿って言うな」
クリマーテが連れて来られたモーナの家は、荒野に立つ五千坪もある大豪邸。その大きさは想像を絶していて、王族でもないかぎり中々簡単には手に入らない程の広さのある家だった。
「でも、こんな立派なお屋敷なのに、お屋敷を囲む柵とかお庭はないんですね」
「ああ~。モーナって馬鹿でしょ? ここ等辺は全部モーナの土地でさ。だから必要無いって言って作らなかったんだって」
「え、ええええっっ!?」
「おい。馬鹿って言ったの聞こえてるぞ」
「いや。実際に馬鹿でしょ。だいたいアンタの交渉が上手ければ、魔王との会見でメグナット公爵の人脈を頼る必要も無かったんだけど」
「時代が最強の私に追いついていないから仕方が無いわ」
ドヤ顔で話すモーナにカナがため息を吐き出して、クリマーテと側で話を聞いていたメグナットやベネドガディグトルが冷や汗を流す。そうして五人でモーナの家に入ろうとすると、モーナが猫耳をピクピクと震わせて足を止めた。
「待て。侵入者の気配がするぞ」
「え? マ?」
「家の中から何かが聞こえたわ」
「何年も帰って来てないんでしょ? ネズミとかじゃないの?」
「私は家に結界を張って外部からの侵入を蟻一匹すらも通さないようにしてるんだぞ」
「ああ~。そう言えばそうだった。って事は……。はあ。仕方が無い」
カナはため息を吐き出すと、この場にいる全員と一度目を合わせてから言葉を続ける。
「念の為、私とモーナで確認を先にしよう。メグナット公爵とボーツジェマルヤッガー公爵はここで待機して下さい」
「そうしてくれると助かる。私は戦闘が不向きなんだ」
「了解だ。出てきた侵入者が馬車を盗むかもしれん。私は盗まれぬように守ろう」
「お願いします。じゃあ、行こう。モーナ。クリマーテさん」
「え? 私も行くんですか!?」
家の中にいるらしい侵入者を、まさか自分も一緒に捜しに行くとは思わなくてクリマーテが驚いて聞き返すと、カナが「はい」と何の躊躇いも無く頷いた。そして、何やら申し訳なさそうな表情を見せ、両手を合わす。
「て言うかモーナの面倒を見て下さい。お願いします」
「えええええええ!?」
「おい。カナ。面倒を見てって、私は年長者だぞ」
「そうだね。何千年も生きてるもんね。だから介護が必要なんじゃん」
「なにおう! もう怒ったぞ! 見てろよ! 私が最強だって事を教えてやるわ!」
モーナが怒鳴り乍ら家の中に入って、カナが「だから最強は関係無いでしょーが」と呆れた様子で呟く。そして、モーナのお守りを任されてしまったクリマーテが、律儀にも慌てて追いかけた。そんなクリマーテの後ろ姿に、カナは「私の人選に間違いは無かった」と得意気な顔をして、ベネドガディグトルやメグナットは冷や汗を流した。
「モーナス様! 待って下さいー!」
「待ってたら侵入者に逃げられるだろ!」
「騒がしい方が居場所が知られて逃げられちゃいますよお!」
「ん? それもそうだな」
説得は無事成功。モーナが納得して急停止したおかげで、クリマーテは追いついた。だけど、既に体力はほぼ限界。肩で息をして上下に揺らし、額に流れる汗をハンカチで拭った。
「モーナス様。足が速すぎます」
「最強だからな。それより私達で侵入者を捕まえて、生意気なカナを黙らすぞ」
「その事なんですけど、絶対に私は足手纏いになると思うので、回れ右して外に出て待機の方が良いと思うんですよ。つい勢いで走って来ちゃいましたけど」
「安心しろ。足手纏いがいた方が良いハンデになるわ」
「え? そのハンデ必要ですか……?」
「私は最強だからな」
言葉が通じないし意味が分からない。クリマーテはそう思い乍らも、これ以上の話は無意味と悟って一先ずニコッと笑みを見せた。すると、モーナはそれを同意と受け取って、そうだろうとドヤ顔になる。
「ところで、真っ直ぐと迷いもせずに走ってましたけど、侵入者の居場所が分かったんですか?」
「適当に走ってただけだぞ」
「…………」
前途多難である。




