侍女の旅路(1)
「クリマーテさん。そろそろモーナの家に着きますよ」
「――っは。え? あ。わわっ。申し訳ございません! 私、眠っちゃってました!?」
「あはは。うん。ぐっすりといい顔で」
「お見苦しい所をお見せしました……」
「気にしなくて良いですよ。私達は協力者なんだし、クリマーテさんも長旅で疲れてたんだから」
「恐れ入ります」
ここは荒野のど真ん中を走る馬車の荷台。ミアに手紙を残していなくなったクリマーテは、クレスト公爵家のご令嬢カナと一緒に馬車で移動していた。そして、そこには他にも行方不明者が乗っている。
「しかし、驚きましたな。マモン様はディアボルスパラダイス出身だったのですね」
そう口にしたのはレムナケーテ侯爵。アンスリウム派の騎士に付けられた傷は随分と良くなっていて、まだ多少は傷跡が残ってはいるものの、すっかり元気になっている。
「もう何年も帰ってないけどな。多分家の中は埃で凄い事になってるぞ」
そう答えたのはモーナ。魔族である彼女が退屈そうにあくびをして答えると、レムナケーテは興味深そうに頷いた。
「何年も……。それを聞くと不思議な気持ちになりますね。失礼ですが、とても何千年も生きているようには見えません」
「私は魔族の中でも特別だからな。だいたいこの姿だって化けてるだけで、こっちが私の本当の姿だ」
モーナが言い乍ら猫に変身する。いや。正確には戻ったというべきか。モーナは猫の姿こそが本来の姿で、人に化けていただけなのだから。その姿は尻尾が二つある事と化けている時と比べて縮んでいる事を除けば、其処いらの猫と大きさも姿も変わりない可愛らしいものだ。
「ははは。いつ見ても驚きます。魔族ケット=シーの変身能力は素晴らしいですなあ」
「ふふん。ケット=シーじゃなくて私が素晴らしいんだ」
「レムナケーテ侯爵。モーナをあまり褒めないで下さい。調子に乗るんで」
モーナの得意気な顔にジト目を向け乍らカナが話すと、丁度その時に馬車が止まった。
「着いたようですね」
そう言って荷台から外を確認したのはメグナット公爵だ。裏切り者と言われて捕まった彼も、カナに助けられて同行していたのだ。メグナットは直ぐに荷台から降りて、御者をしていた二人の同行者に話しかけに行った。御者をしていたのはカナの護衛騎士の男と、チェラズスフロウレス騎士団団長のベネドガディグトルである。
「あ。クリマーテさん。モーナの家に着いたら、予定通り私の侍女になったつもりで行動して下さい。よろしくお願いします」
「任せて下さい。ミアお嬢様の侍従の名に恥じない働きをさせて頂きます」
「はい。期待してます」
クリマーテとカナは微笑み合う。すると、モーナが人の姿に戻り、不思議そうに二人を見つめた。
「まだ早いんじゃないか? 侍女のフリなんて魔王に会いに行った時でいいだろ」
「それじゃ遅いんだって。いい? モーナ。魔王城に行くのは明後日なんだよ。こう言うのはぶっつけ本番でやるより、せっかく数日だけでもあるんだから、その間に練習しとくべきなの」
「凡人は面倒だな。私程の最強になれば、全てその場凌ぎで完璧にこなせるわ」
「いや。どちらかというとあんたが一番怪しいんだけど」
「あーっはっはっはっ! そんなわけないだろ!」
「うわ。ほんっとに不安になってきた。クリマーテさん。この馬鹿のフォローが一番大変だと思うけど、どうにか頑張って下さい」
「は、はい……」
クリマーテは冷や汗を流しながらも頷いて、カナは本当に不安そうにモーナを見つめる。しかし、当の本人のモーナは余裕の笑み……と言うよりは、豪快に笑って余裕を見せている。その様子は会話に参加していない第三者にも不安に映り、黙って話を聞いていたレムナケーテも顔を青くさせていた。
戦争を止める為にディアボルスパラダイスにやって来た彼女等は、二日後にこの国を統治している魔王と会い、話をする予定だ。話し合いの場を作る事が出来たのは、貿易関係の仕事をしていたメグナットの人脈の成せる業だった。そして、ここから先、二日後の魔王との会見までに必要な準備をするのはレムナケーテである。
「それでは護衛をお借りします。私は今から予定通り別行動しますので」
「うん。私の護衛もつけるし、現地に行けば協力者がいるから心配はいらないと思うけど、くれぐれも気を付けて下さい」
レムナケーテはカナと言葉を交わすと馬車を降りて走り去り、カナの護衛もレムナケーテについて行った。
「さて、それじゃあ私達も行こうか」




