物分かりのいい将軍
妖園霊国モノーケランドは、妖族と呼ばれる種族の妖人たちの国で、侍王と呼ばれる妖人の王に統治されている。妖族は日本で言う妖怪の事で、妖人は人の姿をしている者たちの事だ。妖人とそうでない人の見分けは非常に難しく、パッと見では見分けがつかない事が多い。シェフのグテンは天狗の妖人で鼻が長いので直ぐに分かるが、全員が全員そう言うわけでは無いのだ。だから、マイコメール村に住む妖人たちを見ても、彼等が妖人だと分からない。
そんな人と見分けのつかない彼等が暮らすこの国は、昔の日本のような古く奥ゆかしい和風な文化が根付いている。瓦の屋根の家や、畳の部屋に、和服にそっくりな衣装で身を包む人々。他にも様々な昔の日本を彷彿とさせるものもあり、釜土や囲炉裏などもある。
和風な文化や伝統を持つこの国では、騎士や兵士もいるにはいるが、それは少数だけ。この国では侍がいて、その侍たちこそが国の守護者だ。そして侍の頂点に立つ者こそが、ミアの目の前に現れた男……甲冑を身に纏う“将軍”である。
「いやあ愉快愉快! まさか既に聖女様が今世に舞い降りていらしたとは!」
「ワシは聖女ではないのじゃ」
「はっはっはっはっ! 聖女様は冗談がお好きと見た!」
豪快に笑いながら、ミアの背中をバンバン叩く男……改め将軍。周囲の者たちはなんとも言えない表情で見守り、ブラキとヒルグラッセの二人はもの凄く申し訳なさそうな顔をしていた。
さて、どうしてこんな事になってしまったのかと言うと、それは勿論“挨拶”が原因である。と言うのも、ネモフィラが将軍に挨拶をしに行ったように、将軍もまたネモフィラがマイコメールに来ている情報を聞いて挨拶に向かったのだ。だから、二人は挨拶に出かけて直ぐに出会い、話をしていた所にヒルグラッセが来た。将軍は護衛が共に行動していなかった事を疑問に思って、ヒルグラッセが何処にいたのかと問い、ネモフィラが咄嗟に近衛騎士のミアとお留守番をしてもらっていたと話す。それを聞いた将軍は、チェラズスフロウレスの若き新鋭の噂を思い出す。そしてそれがネモフィラの近衛騎士で、年端もいかない少女だと言う事も。
将軍は是非とも近衛騎士に一度会ってみたいとネモフィラにお願いし、その結果ネモフィラは断る理由が見つからずに連れて来てしまった。そうして一緒に来てしまった将軍は、ミアが聖魔法を使ってポーションを作り終わる瞬間を見てしまったと言うわけだ。結果として、魔法を使うきっかけを作ったブラキと、呼びに行ってミアの存在を教えてしまったヒルグラッセが深く反省した。自分のせいでミアの正体がバレてしまったと。
「あ、あの……将軍様。ミアの背中をそんなに叩かないで下さいませんか? とても痛そうです」
「おお。これはすまない。つい興奮してしまっていた。いやあ。しかし、聖女様が今世に舞い降りた事を知れば、侍王様もお喜びになるだろう」
「ぬうう。その事なのじゃが、ワシは身分を隠しておる。侍王には内緒にしてほしいのじゃ」
「なに? これまた妙な事をしてなさるな。何故隠される? 世界中の人々を救わぬのですか?」
「ワシは聖女ではないから、そんな事はしないのじゃ。と言うか、ワシを聖女と呼ぶでない。ワシはミアじゃ」
「……そうか。色々と事情がおありな様子。聖女様の頼みとあらば、拙者が言いふらすわけにもいくまい。その頼み聞き入れますが、我が主君、侍王様にも内緒にせねばならぬので?」
「うむ。それと、ワシはフィーラの近衛騎士のミアなのじゃ。聖女では無いのじゃ。何度も言わせないでほしいのじゃ。だから敬語も不要なのじゃ」
「面妖なお方だ。……分かった。これ以上事情を深くは聞かん。今後は某の事をミアと呼ぼう」
それなりに物分かりがいい将軍に、ミアが安堵の息を吐き出す。すると、将軍が「名と言えば」と呟き、一度ミアから一と半歩ほど距離を取って一礼した。
「突然の感動に我を忘れて名を名乗り忘れていた。拙者の名はエンゴウ。この国で将軍を任されている侍だ。以後、お見知りおきを」
「そう言えば名乗ってはいなかったのう。ワシはミアじゃ。よろしくなのじゃ」
遅めの自己紹介を済ませると、ミアが侍従たちも紹介していく。侍従の紹介なんて普通はしないので、エンゴウはとても不思議な気分を味わった。しかし、それは不快などでは無く、ミアの人柄を感じて随分と満足気だ。そうして自己紹介が終わると、いよいよ本題に入る事になる。
「ところでミア。先程のあれは何だ? 薬を作っていた様にも見えたが」
「おお。そうじゃった。実は、フィーラに頼みたい事があるのじゃ」
「え? わたくしにですか……?」




