かっこよくてかっこわるい聖女
マイコメール村の宿で一夜が明けて、朝食を済ませて直ぐの事だ。部屋で出発の準備をしていると、その間にお手洗いを済ませたブラキが深刻な顔で戻って来た。
「ラキ? どうしたのじゃ?」
「っあ。えと……はい。ちょっと気になる事を耳にして……」
「気になる事なのじゃ?」
「何かあったのですか?」
ミアとネモフィラが尋ねると、ブラキは少し何かを考える素振りを見せ、一度ルニィに視線を向ける。ルニィは一言も喋らなかったけど、その目は主の質問には答えなさいと言っていて、ブラキは頷いた。
「聖女の噂を聞きつけて、この国の王……侍王様の片腕と呼ばれている将軍様が、この村に来ているそうなんです」
「なんでじゃ!?」
ブラキが入手した情報に、ミアが大袈裟に驚いたけど、それは“聖女の噂”を聞いて将軍が来たからである。侍王と言うのはこの国の国王の呼称であり、その片腕の将軍とは、日本で言う征夷大将軍。とんでもなく権力を持ったお偉いさんが、聖女の噂を聞いてこのマイコメールに来たと言う事実は、ミアを驚かせて恐怖で震え上がらせた。
「嫌じゃ! 会いたくないのじゃ! 今直ぐ村を出るのじゃ!」
「ミアお嬢様落ち着いて下さい。もとよりその予定です。しかし、ブラキは何故その情報を言うのをためらっていたの?」
「そうですね。ラキは他にも何か聞いたのですか?」
ルニィが震えるミアを宥め乍らブラキに質問すると、それに同意してネモフィラも尋ねた。すると、ブラキが二人を交互に見て、怯えるミアに視線を戻す。
「……侍王様の住むモノーケランドの中心“妖霊の都カピタースペクター”で伝染病が流行っているからです。将軍様は聖女様に助けて貰う為に来たようです。それでその……実は、さっきそれを聞いた時に、シェフのグテンさんとカウゴさんも一緒にいたんです。その時に聞いたのですけど、カピタースペクターにはグテンさんの家族が住んでいるらしくて……」
「――っ」
ブラキが言い辛そうにしていた理由。それは、将軍が聖女の力を借りたいほどに危険な伝染病が発生している都に、グテンの家族がいるからだった。しかし、何故それが言い辛いのか? いや。聞くまでもない。そんなのはミアと少しでも一緒にいれば、当然なのだから。
「今直ぐに都に向かうのじゃ」
そう。ミアはいつでも手を差し伸べる。それはミアと一緒にいれば分かる事で、だからこそ、話せば迷惑をかけてしまうと考える。だから、ミアの言葉を聞いてブラキは「やっぱり……」と小さく呟いた。
ミアの怯えていた顔が嘘のように無くなり、その顔は真剣そのもの。震えは何処かに消え去り、ミアは真っ直ぐとブラキを見つめている。そして、ミアの口から出た言葉に驚く者は一人もいなかった。ミアのこれは誰にでも。と言うわけでは無い。でも、ミアは自分が身内だと思っている人の為ならば、自分の正体がバレるかもしれない危険を顧みず真剣に向き合う聖女なのだ。
「でも、しょ、将軍には黙ってこっそり行くのじゃ」
はい。ごめんなさい。嘘つきました。やっぱりミアのチキンハートは健在である。
ミアはよっぽどバレたくないのだろう。さっき見せた真剣な顔とはさよならして、今はブラキから視線を逸らして若干キョドっている。なんなら目が泳いでいて、ブラキが少し目を見張ってから苦笑した。まだまだミアの事は分かっているようで分かっていないのだと、がっかりではなく楽しみ、質問する。
「ミアちゃん。本当に行くんですか? グテンさんはミアちゃんに迷惑かけたくないから、言わなくて良いって言ってました」
「め、めめめ、迷惑では無いのじゃ。それに、いつも世話になっておるグテンさんの家族を助けるのは当然じゃ。ただ、ほんのちいっとばかしだけ身バレが怖いだけじゃ」
「ミア。危険を顧みずにグテンの家族を助けに行くなんて、とてもかっこいいですよ」
「はい! 私、感動で涙が……っ!」
ビビり散らかすミアをネモフィラが励まし、メイクーが何故か感動する。ルニィは流石と言うべきか、既に行動に移って準備に取り掛かっていて、それをルティアが手伝っている。そして部屋の扉の前でヒルグラッセが冷や汗を流し、その隣でルーサがアホ臭いと言いたそうな目でミアを見ていた。
「なあ? いつもああなのか?」
「そうよ。ミア様はご自分の力をいつでも誰かの為に使う素晴らしいお方よ。貴女もミア様に仕えるのなら、それを支える責任と覚悟を持つのね」
「……そうだな」




