聖女の侍従は大変
聖女の侍従の朝は早い。主人が目を覚ます前の朝日が昇らぬ真っ暗な時間に目を覚まし、体を清めてメイド服で身を包み、朝食を済ませ乍ら一日の仕事内容を確認する。それが終われば護衛に声をかけて食事休憩をさせ、その日のスケジュールを伝えると、主人を起こしに寝室に向かうのだ。
「もう嫌だ……」
「愚痴をこぼさない」
「……おう」
「返事は“はい”よ」
「はい」
「た、大変じゃのう……」
ルーサは侍従になった翌日の朝に早くも音を上げ、ミアが同情する。でも、同じように侍従になったブラキはミアが言う程大変ではないようで、特に疲れた様子も無く、ルーサの様子に冷や汗を流しているだけだった。
さて、そんな彼女達だが、実はルニィ意外はいつもと違う衣装に着替えている。ルーサがメイド服を着ているのは当然として、ブラキはタキシードを着ていて腰には剣を提げていた。ミアはブレゴンラスドの貴族服を身に着けていて、しかも、それは騎士家系用の男の子用の服だ。と言っても、ミアの服装にはちゃんとした理由がある。
これはこれから先にミアがネモフィラの騎士として振る舞う為の予防なのだ。ミアの事情を知ったルーサが「それならオレが昔着ていた服をやるよ」と言って服を譲ってくれたので、それを着てパッと見では分からないようにと着たわけである。事情が事情なので、ルニィも男物とは言え貴族服ならばと認めてくれた。ただ、腰まで届く長い髪もこの際切ってしまおうとミアが提案し、それはネモフィラを始めとした全員に猛反対されてしまった。だから、普段は帽子を被って髪を隠す事になっている。
尚、ルーサの家に服を貰いに行くついでにルーサの両親を説得して、ミアの侍従になる事を許された。ルーサの両親は元々ルーサの侍従希望を許可していなかった。だけど、ミアの強さを知っている。だから、ミアが手っ取り早く認めさせる為にと勝負を挑むと、思いっきりビビられて降参されたのだ。あまりの呆気なさに、ルーサは拍子抜けしたと同時に、とても喜んだ。
そして、ブラキはそれよりも呆気なかった。侍従にと話しに行ったら、是非お願いしますと頭を下げられ、更には寧ろ鍛え直してやってほしいと頼まれてしまった。そんな事もあり、新たに臨時の侍従をゲットしたミアは、この国は本当に実力主義なのだと改めて思った。
「しかし、ラキは本当に侍従になって良かったのじゃ?」
「はい。私は元々騎士には向いていなかったし、騎士をやめたかったので。それに、ミアちゃ、ミアお嬢様の侍従になれて嬉しいです」
「それなら良いのじゃが」
「ブラキは臨時と言わずミアお嬢様の侍従として雇いたいほど優秀なのですよ」
「そ、そんな。えへへ。ありがとう存じます。侍女長」
「いいえ。本当の事ですから」
「うむうむ。……と言うか、ブラキ。いつも通り“ちゃん”呼びで良いのじゃ」
「え? でも……」
ブラキが困ったようにルニィに視線を向けると、ルニィは柔らかく微笑む。
「構わないわよ。ミアお嬢様のご希望に応えて差し上げなさい。但し、時と場所はしっかりと判断するのよ」
「はい。かしこまりました」
「うむうむ。……時と場所? ずっとでも良いのじゃ」
「そ、それは駄目ですよ。ええっと、例えば陛下の前でミアちゃんと友達みたいに喋ってたら、絶対不味いじゃないですか」
「むう。ワシが良くても周囲が気にするのじゃな。仕方が無いのじゃ」
「ご理解頂けたようで安心しました」
ミアが納得していると、それを聞いていたルーサは面倒臭そうに顔を顰めた。
「やっぱりオレには侍女は合わねえ。やるなら護衛騎士だな」
「侍女も護衛騎士も同じよ。やる気が無いなら必要無いから帰りなさい」
「ちっ」
「ち?」
ルニィが睨み、ルーサがピクリと体を震わせて顔を青くして背筋を伸ばして「ち、血眼になるまで頑張ります」と意味不明な言葉を発す。ルーサはルニィの恐ろしさを知ってしまったようだ。あんなにも態度の悪いルーサも、ルニィに睨まれればこの通りである。
「そう言えば少し気になったのじゃが、何故ラキは剣を持っておるのじゃ? もう騎士ではないのじゃろう?」
「あ。これですか? 実は、私は魔装を持ってないから、緊急時に対応出来るようにと侍女長に渡されたんです」
「なるほどのう」
「だったらオレが護衛騎士になれば――」
「くどいわよ」
「――ち、ちっげえよ! 今のはアレだ! オレは魔装を持ってるから剣なんて必要ねえって言いたかったんだよ」
焦るルーサと、ニッコリと怖い笑みを浮かべるルニィ。ブラキは苦笑し、ヒルグラッセと一緒に冷や汗を流すミアは、心の中で「これから先の旅は更に賑やかになるのう」と呟いた。こうして、ブレゴンラスドの王宮で新たに二人の仲間を迎え入れたミアは、次の目的地に向かって出発した。




