海に潜む凶悪な魔物をやっつけよう(2)
騎士団専用の潜水船に乗り、チェラズスフロウレスの近海から離れて暫らくが経つ頃。シャークスネークの群れが船の中から見える程の距離までやって来た。
「おお。アレがシャークスネークなのじゃ? 初めて見るけどでっかいのう。十階建ての建物くらい大きいのじゃ」
「わたくしも初めて見ました。随分と大きいのですね」
可愛らしく顔を寄せて、窓から外を覗き込む二人の少女。既に準備は万端で、二人とも海水浴に来たのかと疑うような可愛い水着姿だ。傍から見れば微笑ましいものだけど、これから向かうのはシャークスネークの群れの中。危険しかない。部下を連れて一緒に来た隊長も、二人の側で胃痛と戦っている。
「見た目はヘビなのですね。わたくしはサメを想像していました」
「うむ。灰色のでっかい蛇なのじゃ。でも、顔をよく見ると鮫なのじゃ。それに鮫らしく鰭もあるのじゃ」
「あ。本当ですね。小さくて直ぐには気が付きませんでした」
楽しそうに話すミアとネモフィラの二人の姿は、本当に今から凶悪なモンスターを倒しに行くとは思えないもの。隊長は遂に痺れを切らして胃痛の原因を取り除く為、二人が話で盛り上がっているその隙に、部下に目配せして指示を出した。そしてそれは、ここに来るまでの間に部下たちと予め話をまとめておいたもの。ネモフィラがシャークスネークの群れの中に入って行く前に、何としても騎士の力だけで群れを撃退すると言う作戦である。目配せを受けた騎士たちは静かに頷き、二人に気付かれないように慎重にこの場を去る。
「ぬぬ? あれは一緒に船に乗っておった騎士ではないか?」
「あ。本当です」
ミアとネモフィラの視界に騎士たちの姿が入り、早速戦闘が始まった。騎士は全員が魚人の騎士で、その動きは速く、ネモフィラには目で追うのも難しいものだった。だけど、シャークスネークは更にその上をいっていた。しかも、船の窓から覗き込んで見れる範囲だけでも、シャークスネークの数は軽く十は超える。
対して騎士の数はたったの六人。しかも、魔装所持者は一人もおらず、その分だけ弱いとハッキリ分かる。アンスリウム派の騎士がいなくなって人手不足だとしても、あまりにも少ない騎士の数と弱さに、ミアは少し心配になった。
(この状況で海の平和を守るとなると、結構大変そうなのじゃ。これは騎士の補充が早急に必要じゃのう)
「ワシもそろそろ行くのじゃ。シャークスネークの動きを見るに、フィーラはここでお留守番なのじゃ」
「……はい。残念ですけど、わたくしではあの速さについていけません。お役に立ちたかったのですけど諦めます」
「それが良えのじゃ」
これには隊長もニッコリ胃痛除去。というわけにもいかない。一番の憂いであるネモフィラは止める事が出来たけど、ミアが戦闘に参加するつもりだからだ。
ミアの正体を知らない隊長にとって、これは死ぬと分かっている幼い子供を戦場に送り出すようなもの。そんな事が出来るわけがない。そもそもとして、窓の向こうで戦う彼等は今戦える騎士の中でも選りすぐりのエリートたちで、そんな彼等が苦戦している状況で子供を行かせられるわけがない。
隊長は、最早これまで。と、不敬の罪で罰せられる覚悟を決めて、立ち去ろうとするミアの前に立って行く手を阻んだ。
「なんじゃ?」
「悪いが君をこの先に行かせるわけにはいかない。私の部下に任せて、君はここで大人しくするんだ」
「こう言っては失礼じゃが、あの実力と人数であの数を相手にするのは無理じゃろう。出来ても一匹を仕留められるかどうか程度だと思うのじゃ」
「――っ。どうやら、騎士を名乗るだけあって見る目はあるようだ。しかし、君は自分の力を過信している。シャークスネークは一匹で武装船を沈める力を持っているのだ。君のような幼い子供が敵うような相手ではない」
「ぬう。仕方が無いのう」
「分かってくれて良かった」
隊長は安堵の息を吐き出して、漸く治まる胃痛に胸をなでおろして微笑む。
「シャークスネークは恐ろしいモンスターだが心配はいらない。彼等は退き際を心得ている。彼等が退き、ここに戻って来る時があれば、それが退散の合図だ。だから、君達を危険な目には合わせない。それに、実は他国に協力要請も出していて返事を待っているんだ。時間はかかるかもしれないが、討伐まで待っていてほしい」
「そんな心配はいらぬ」
「いらない……?」
「うむ。人前で撃つのは心配だけど、この際そうも言っておれぬし仕方が無いのじゃ」
「何を言って――っ!?」
隊長が話の途中で驚いたが、それもその筈だろう。ミアのミミミ髪留めが目の前で銃に変わり、ミアがその銃を発砲したのだ。
「それは……その髪飾りは魔装だったのか!? いや! それより何をしているんだ!? こんな所で銃火器など使っては大変な事になるぞ!」
「終わったのじゃ」
「お、終わった……? 何を言っ――――っな!?」
ミアが窓の向こうに指をさし、その先を見れば、シャークスネークの死骸の山。シャークスネークはいつの間にか何かに攻撃をされていて、しかも、全てのシャークスネークの額から血が流れて絶命している。隊長はその様子に驚愕し、ネモフィラの前だと言うのに我を忘れて窓にしがみついて、全てのシャークスネークが仕留められているのを見て思考が停止した。
「ミア! 今のはなんですか!? 凄いです!」
「狙った獲物を貫通力を高めたホーミング機能付きの銃弾で仕留めただけなのじゃ」
だけとは? な発言のミア。相変わらずの規格外の強さを見せつける。そんな中、苦戦していたシャークスネークが一瞬で死骸と化したのを目の前で見た騎士たちは、困惑して呆然と立ち尽くしていた。




