宛先の無い手紙
チェラズスフロウレス城から旅立つこと約一月。ミアたちは漸く港町ブルーガーデンに足を踏み入れた。しかし、船着場で早々にアクシデントに見舞われてしまう。
「な、なんじゃと!? 魔人の国行の船が出せぬとはどう言う事なのじゃ!?」
「どうもこうもないよ。こっちだって商売あがったりなんだよ」
「訳を言うのじゃ! 訳を!」
潜水船に乗る為に乗船券を買いに来ると、受付の男から魔人の国行の船が出ていないと聞かされた。それでミアが前のめり気味に理由を訊ねると、悔しいが納得せざるを得ない理由だった。
「イカレタ元王太子様が残したタチが悪い置き土産ってやつさ」
そう前置きすると、受付の男が詳しく話す。そうして聞かされたのは、アンスリウムの影響で起きてしまった二つの問題。
一つはアンスリウム派の残党を懸念して、他国が一部チェラズスフロウレスからの入国を拒否している問題。一応ウルイ等の頑張りもあって、殆どは捕まっているが、それが全員かは分からない。何故なら、ヘルスターのような隠れて派閥に入っている輩もいるかもしれないから。そして、そんな危険な連中を国に入れるわけにはいかないと、入国拒否を始めた国が幾つも出てしまった。その入国拒否した国の一つが魔人の国ディアボルスパラダイスだったわけだ。ただ、それだけではない。もう一つの理由の方が、ある意味では厄介だった。
「まさか、船を全部売ってしまうとはのう」
ミアが肩を落として、ため息混じりに呟いた。それこそが、もう一つの理由である。元々王族用の船があり、一般向けとは別の船に乗ると言う手段もあった。これの問題は、船を操縦する船員を集めなければならないと言う事だったけど、それでも確実に乗る方法として使えた。しかし、アンスリウムが船なんて欲しければ他国から買えば良いと安易な考えをして、騎士の資金を集める為に全て売り払ってしまったのだ。おかげで船が一隻も無い状況が完成してしまったのである。
「のう? 入国拒否で使わぬ船を代わりの船にする事も出来ぬのか?」
「無理言わないでくれ。あのイカレタ元王太子様がチェラズスフロウレス製の船を全部売り払っちまったんだ。今残ってる船は全部他国の船だから使えないよ」
「ぐぬぬう。おのれえ。アンスリウム殿下めえ」
居なくなってからの方が大活躍なアンスリウム。まさか彼もにっくきミアを、こんな場所でここまで追い詰めるとは思ってもみなかっただろう。
「魔人の国に行く手段は別の方法を考えるしか無いかもしれぬのう。今日は疲れたし宿をとって休むのじゃ」
「はい。本当は船に乗って休息をとるつもりでしたけど、乗れないのであれば仕方が無いですね」
ここで話していても仕方が無いので、ミアたちは宿で泊まる事にした。のだけど、受付の前からミアが去ろうとした時に、受付の男が「あっ」と声を上げて机を叩いた。
「思い出した! うさぎの髪飾りと金髪で碧眼の女の子じゃないか! 嬢ちゃん! 待ってくれ!」
「のじゃ?」
呼ばれて振り向けば、受付の男が何やらゴソゴソと棚を調べ出している。
「いやあ。話に聞いてたのと服装が違うもんだから、直ぐには分からなかったぜ。でも、その特徴的な“のじゃ”って語尾のおかげで思い出したよ。いやあ。良かった良かった」
「ふむ?」
言われてミアは自分の服装を見る。今日の服装……と言うよりも、ここ一月は実家でよく着ていた民族衣装だ。長旅と言うのもあり、ルニィに動きやすい服をと説得して勝ち得た服装なのである。
「実は一ヶ月位も前の事なんだが、貴族のメイドから嬢ちゃんに渡してほしいって渡されたもんがあってよ。おっ。あったあった。これだ」
そう言ってミアの目の前に差し出したのは、綺麗な白い封筒に入った手紙。そしてその封筒の裏には“クリマーテ=ラスミリィ”と名前が書いてあった。
「これは……クリマさんからの手紙なのじゃ!?」
「ああ。そのメイドさんに渡されたのは良いんだけどな、宛先を聞き忘れちまって送れなかったんだよ。幸いお嬢ちゃんの特徴は聞いていたから、こうして渡す事が出来て良かったぜ」
「ありがとうなのじゃ!」
ミアがお礼を言うと、受付の男は微笑んだ。と、そこで他のお客さんがやって来る。流石にこれ以上の長居は迷惑になるので、ミアはこの場を離れて今度こそ宿に向かった。そして、ネモフィラたちに見守られ乍ら封筒を丁寧に開けて、その中に入っていた便箋に書かれた文字を読んだ。




