幕間 辺境領主の許に届いた手紙
ブレゴンラスドの辺境には、とても緑豊かで穏やかな土地がある。家よりも背の高い草が生え、大木はその何倍もの高さだ。そして、穏やかな空気が流れる小さな村。その村、そしてここ等一帯の土地の領主として私はこの地にやって来た。
私の名前はゴーラ=B=ティガイドン。つい先日にアネモネと結婚して、とても充実した楽しい日々を過ごしている。そんなある日に、私達の許に懐かしい友人からの手紙が届いた。
「アネモネ。ミアから手紙が届いていたよ」
「まあ。本当ですか? 嬉しいです」
手紙を渡すと、アネモネは早速読み始めた。
ミアと言えば、彼女には随分と借りが出来てしまった。私とアネモネがこうして楽しい毎日を過ごしていられるのは、彼女のおかげと言っても過言ではないだろう。しかし、私達には一つだけ心配事がある。それはアネモネの故郷であるチェラズスフロウレスの状況だ。
アンスリウム王子がアネモネを含めた家族の抹殺を企て、聖女様までをも殺そうとした。そして、妖園霊国モノーケランドの領内でも事件を犯した。この事件は一応治まってはいるが、事件がきっかけでチェラズスフロウレスに対して悪い噂が流れ、各国から警戒がされている。サンビタリア義姉上が天翼学園で起こった騒ぎの主犯だったとされてから警戒をされていたが、それが更に悪化したと言えるだろう。
「何と書いてあったんだい?」
「ふふふ。お城に新しく出来た温泉がとても嬉しいと書いてあります」
アネモネが手紙を見せてくれたので覗き込む。すると、そこにはびっしりと嬉しい気持ちが何十行も事細かに書かれていて、そして最後の方に一行だけ“ケーラちゃんとアンスリウム殿下が婚約したのじゃ”とだけ書いてあった。
「これは……」
「ミア様らしくて可愛いお手紙ですよね。でも、流石はミア様です。アンスリウムは命で罪を償う他の道は無いと、私は考えていましたから」
「確かに君の言う通りだ。少なくともブレゴンラスドで同じような罪を犯せばそうなるだろうね」
「ミア様は本当に不思議な方です。死で罪を償う事を良しとしないのは、慈悲では無いと仰られていますし、生きて一生を懸けて償うべきと考えるのです」
「それで君の姉上であるサンビタリア殿下は苦労しているみたいだね」
「ふふふ。そうですね。でも、おかげで笑って話せるようになりました」
アネモネがとても穏やかで優しく微笑む。彼女が穏やかな気持ちでサンビタリア殿下の事を話せるのは、きっと聖女様のおかげなのだろう。アネモネから話をよく聞いていたから分かる。昔のアネモネはこうでは無かった。サンビタリア殿下の事を嫌い、話すのも嫌悪だと分かる程に機嫌が悪くなっていた。
しかし、聖女様が現れてから変わった。笑顔をよく見る様になったし、嫉妬してしまう程に聖女様の話を本当に楽しそうに話す様になった。最初はミアと言う少女が聖女様だと知らなかったから、何故こんなにも急に変わったのか分からなかったけど、聖女様だと知って……いや。あの少女と出会いその人柄と優しさを見て理解した。そして、理解したと同時に、心の底から初めて悔しかった。
アネモネの魅力を引き出して、こんなにも素敵な一面を見せるきっかけを作ったのが、私ではなく聖女様だからだ。だけど、感謝の気持ちの方が大きい。私も負けまいと自分を磨き、アネモネをよりもっと理解し、支え合っていこうと思えるのだから。
「アンスリウムやサンビタリア姉さんで思い出したのだけど、ゴーラ様も……あ。こほん。ゴーラも王宮に戻って王位継承権をと話が出ていましたよね?」
「あ、ああ。私はこの地の領主として君と生きていくと決めたし、何度も断っているんだけどね」
王位継承権は長男の兄上が持っているのだけど、最近兄上が辞退したいと言い出した。その理由は、アネモネが“聖女様の代弁者”だからだ。
聖女様の代弁者であるアネモネを王妃とする為に、私を王位継承者としようとしている。アネモネを私から奪って妻にすると言わないのは、きっと自分がついこの間に婚約者にフラれてしまったからだろう。愛する者が目の前からいなくなる苦しみを分かっているので、兄上は私に勝負を挑んでアネモネを奪うなんて事をしようとしなかった。
兄上を慕う貴族達からは何か言われていた様だが、それが兄上の逆鱗に触れて貴族達に決闘を言い渡し、完膚なきまでに叩きのめしていたと弟たちからの知らせの手紙が先日に届いた。そんな兄上からは、ふんどしが強制で無くなった事を元婚約者に告げて、もう一度よりを戻すつもりだと意気込みの手紙が届いた。代わりに次期王になってくれと言う一文と共に。
こう言ってはなんだが、迷惑だと思ってしまった。
「でも、アネモネが望むなら、王位継承権を受け入れても良いと思っているよ」
「そうなのですか?」
「ああ。君はどうしたい?」
「ゴーラの気持ちはとても嬉しいですけど、興味はありません。それに、ここの領民の方々がとても良い方々ばかりで住み心地も良いですし、私達を守護して下さっている龍神様も子供達から人気です。私はここが気にいってしまいましたので、王宮で暮らしたくありません」
「ははは。そう言うだろうと思ったよ。なら、この話は無しだな」
「ふふふ。ええ。そうですね」
私とアネモネは微笑み合った。
さあ。まずはこの地に聖女様が訪問された時の為に、素晴らしい温泉施設を作らないといけない。手紙の最後に“落ち着いたら遊びに行くのじゃ”と書かれていたのだから。




