初めての大成功
「魔装【天命の禁辞書】の本当に怖い所は、その力を見た者の信仰心を高める事が出来る事かもしれないねえ」
「信仰心を高めるのですか?」
「その力が“神の裁き”と言われているものだからよ」
「神の裁き……」
ジェンティーレの言葉に、ネモフィラが少しだけ恐怖を覚えて息を呑み込んだ。と言うわけで、アンスリウムの魔装がどんなものだったのかをネモフィラに教え中。そして、ここはチェラズスフロウレス城に新しく出来た温泉の大浴場である。
覚えているだろうか? ミアがブレゴンラスドの転移装置を使って温泉の湯を貰う事になった事を。それが漸く手に入ったのだ。そして今、ここはミアの将来の夢である“引きこもり計画”の最先端。城の一部を改築して、温泉をいつでも楽しめる場となっている。
「ワシは温泉を信仰するのじゃ」
「ふふふ。ミアは本当に温泉が好きですね。ところで、神の裁きとは具体的にどのようなものだったのでしょうか?」
「ん~そうだねえ。天命の禁辞書は本の形をしている魔装なのだけど、捲ったページに書かれている天罰を対象に与える力を使える。例えば、天から舞い落ちる稲妻や、光の宝剣とかかしら」
「お兄様はそんな事が出来たのですか!?」
「そう彼が望んで生まれた魔装が、天命の禁辞書だからね。と言っても、本に書かれた天罰の内容は、いつも変わってしまうけどね」
「…………」
魔装と言うのは、使用者次第で色んな可能性へと変化する兵器だ。だからこそ、アンスリウムが望み、そして叶った形が天命の禁辞書だった。つまり本物では無く偽りで、本当の天罰でも神の裁きでも無い。しかし、周囲からしてみれば、アンスリウムが神の力を使っているように見えた事だろう。アンスリウム派の者たちには、アンスリウムがさぞ神々しく映り、彼こそが神の化身……いいや。神そのものだと思ったに違いない。
神に仕えるのであれば、相手が聖女だろうと恐れる事は無い。自分たちは神に仕えているのだから、ある意味では聖女と同等の立場に自分たちがいるのだ。
「まあ、そんな馬鹿な話って思うかもしれないけれど、実際はそんなものよ。現にミアが聖女だって分かった上で連中は敵対したのだから」
「わたくしには難しいお話です……。でも、何となくですけど、どうしてあんなにもお兄様への忠誠心が強かったのかが分かったような気がします」
「失禁王なんてただの厨二病を拗らせただけの子供ッスけどね」
「ちゅうにびょう……? 何かの病気でしょうか?」
「がお?」
「フィーラは知らなくてもいいのじゃ」
「そうなのですか? ……あ。トンペット先生とラーヴ先生もいらっしゃったのですね」
いつの間にか二人の精霊も温泉に入りに来ていて、小っちゃな浮き輪を使ってプカプカ浮かんでいる。その姿がとても可愛らしくて、ミアとネモフィラの頬がゆるゆるになる。
「がお~。温泉気持ちいい」
「チェラズスフロウレスに残った甲斐があったッスね~」
「分かるわあ。私もこれの為に長居したもの」
「うむうむ。お主等分かっとるのう」
「うふふ。お城に温泉が出来るって聞いて、とても楽しみにしていましたね」
「当然ッス。ボクにも休暇が必要ッス」
「がお~。温泉ちゅきー」
実はこの二人、温泉の話を聞いてお城の中を見て回り遊び場を探して、温泉に入る為に居すわっていた。ジャスミンが天翼会の密輸犯を逃がした話を聞いても、温泉入りたさに助太刀に行こうとは思わなかったようだ。
「よし。そろそろミミミを洗ってやるかのう」
「ミミミちゃんって洗えるのですか?」
「うむ。毎日洗っておるし、この前ブレゴンラスドで一緒に……って、あの時はフィーラは目隠ししておったのじゃ」
「はい。あの時のわたくしは、まだ未熟だったのです」
「うむ……? 何が未熟なのじゃ?」
「うふふ。内緒です」
少し照れたようにネモフィラが微笑み、ミアは首を傾げる。すると、ネモフィラがミアの手を取って、嬉しそうに洗い場へと向かった。
「わたくしもミミミちゃんを洗いたいです」
「うむ。二人で一緒に綺麗に洗ってあげるのじゃ」
二人は楽しそうに微笑み合い、そして、ミミミを出現させて綺麗に洗う。そんな二人をジェンティーレが優しく微笑み見守り、精霊たちは楽しげな雰囲気に釣られて近づいて行った。
ミアにとって引きこもりの必需品である温泉は大成功して、今回ばかりは“引きこもり計画”が一歩前進したのだった。
第四章 終了
次回から幕間が五話ほど入って、第五章に入ります。




