驕りの王様(3)
アンスリウムが魔装【天命の禁辞書】の力で光の剣を無数に生み出し、それを己の周囲に浮かばせると、勝ちを確信した笑みを浮かべて「これこそが、神の裁きだ!」と告げてそれを放つ。光の剣は光速のスピードで飛んで行き、それはミアと同じ光の速度の領域だった。
しかし、呆気ないもの。人からすれば、光の速度に速い遅いの区別なんてつけられる程の動体視力なんて無いし、光速にも差があるなんて考えつかないだろう。だけど、ミアにはその差が分かっていた。ミアからしてみれば光速にも速い遅いの差があり、白金の光は普通の光の速度を軽く凌駕していたのだ。そして、それはアンスリウムでは到底手の届かない領域だった。
だから、アンスリウムはミアの白金の光の速さに気がつかない。自分が繰り出した光の剣がミアに届く前に全て撃ち抜かれて、光の粒子となって消えている事も。
「……え?」
いや。一つ訂正しよう。自分の攻撃を消された事には気がついた。だけど、気がつき乍らも、アンスリウムの脳はそれを理解出来なかった。目の前に映ったのは、自分の放った光の剣が一瞬で撃ち抜かれて消された事実。それに何故か目線が随分と低くなっている。
アンスリウムの脳は追いつかない。自分の置かれた状況がどうなっているのかが理解出来ない。しかし、それは一瞬の出来事で、一秒が数十秒に感じる程のとても長い一瞬。
アンスリウムは理解した。自分は倒れていたのだと。
アンスリウムは理解した。同時に襲いくる激痛を。
アンスリウムの両肩と両足は光の剣と同時に撃ち抜かれていて、自分でも気がつかない内に倒れていた。そして、それを理解すれば、後は知るだけだ。その激痛を。その恐怖を。
「ああああああああああああああっっっ!!!!」
アンスリウムは叫び乍ら、自分の魔装が床に転がり落ちているのを見て、掴み取ろうと手を伸ばそうとした。だけど、出来るわけがない。撃ち抜かれた肩は力が入らず、視線を向ければ肩や足から止まる事無く流れ出る血が目に映る。アンスリウムは恐怖で顔を引きつらせて、縋るような視線をミアに向けた。しかし、その目に映ったのは、ミミミピストルの銃口を自分の額に向けているミアの姿だ。
「言ったであろう? お仕置きの時間じゃと。死んでも文句を言うでないぞ?」
「――っ!? い、嫌だ! やめろ! やめてくれ! 殺さないでくれ!」
懇願するが、届かない。ミアは銃口を額から外してはくれない。
「可笑しな事を言うのう。アンスリウム殿下。お主は簡単に人を、家族をも殺そうとするのに、自分は殺されたくないのじゃ? それは流石に都合が良すぎなのじゃ」
(あ。ついうっかりよく耳にするセリフを言ってしまったのじゃ)
アンスリウムに銃口を向け乍ら呑気な事を考えるミア。こんな状況でもマイペースである。しかし、そんなミアの言葉はアンスリウムには恐怖でしかない。アンスリウムは言葉の意味を理解して痛みを忘れる程に恐怖し、震え、命を乞う。
「俺が悪かった! 反省する! 頼む! お願いだ! 聖女様! 死にたくない!」
「残念だったのう。ワシは聖女では無いのじゃ。何回言えば分かるのじゃ?」
「――っ!? あああああああ! 嫌だああああ! 死にたくない!」
アンスリウムは思い出した。ミアが散々何度も“聖女では無いのじゃ”と言っていた事を。ミア本人が聖女である事を否定しているのに、それを聞いていなかったのは周囲で、そして自分もその内の一人だった。それなのに、聖女だからミアは何をしても許してくれると勘違いしていたのだ。と言っても、ミアが聖女なのはまず間違いなく、ミアが聖女じゃないと言っているだけなのだけど。
まあ、今のアンスリウムにはそこまで冷静に考える余裕もないし、考えたところでそれはミアの心情なので関係ない。現状を変える事なんて出来ないだろう。今のアンスリウムは手足を撃ち抜かれて動かす事も出来ないので、当然逃げる事も出来ない。ただただ目の前の自分に向けられた銃口を怯えて見る事しか出来ず、ミアに命だけはと縋るしかない。なんとも情けの無い姿だ。
「一つ問うのじゃ。アンスリウム殿下。何度もフィーラの命を狙っておったのはお主なのじゃ?」
「そ、それは……っ」
いつものアンスリウムであれば、何を馬鹿なと鼻で笑い飛ばして誤魔化すだろう。でも、今のアンスリウムにそんな余裕はない。目を泳がせてミアから目を逸らしてしまい、その様子に全てを察したミアが肩を落として、ため息を吐き出した。その瞳からは失望が窺えて、アンスリウムの顔は蒼白に染まり絶望する。
「お願いだ! 許してくれ! ミアは身内には優しいのだろう!?」
「限度があるのじゃ」
「そんな! 頼むミア! 死にたくない! 殺さないでくれえええ!」
「無理じゃ」
恐怖に怯えるアンスリウムにそう答えて、ミアがミミミピストルの引き金を引き、アンスリウムは目の前が真っ暗になった。




