綻びた平和
春の国チェラズスフロウレスは平和な国。でも、それはウルイや先代たちが平和を維持する為に努力し、民に寄り添っていたからだ。しかし、アンスリウムが国王となり、一週間も経たずに全てが台無しになって破綻した。アンスリウムの考案した政策は本当に酷いもので、その最たるものを挙げるならば、それは“騎士の優遇化”だ。
「俺の国の平和を更に確固たるものへとする為に、騎士への優遇態勢を取り入れる」
そう言い放ったアンスリウムは、まず手始めとして騎士のレベルを底上げする為に、民が収める税金を二倍に引き上げた。更には、騎士は国を護る守護者であるから逆らってはならないとした。しかし、自分の派閥に元々入っていた者は別だ。不満が起こらぬようにと、騎士より上の立場にした。そして、王都はアンスリウム派の貴族と騎士から頼まれた事を断る事も出来ない無法地帯と化した。
この法により、王都から人影があっという間に減っていった。皆が横暴な貴族や騎士たちを恐れ、身を潜めるようになった。老若男女問わず、気にいられてしまえば連れていかれ、それを拒めば一家が連帯責任で見せしめに処刑される。誰も逆らえない。新たな国王アンスリウムは民の声を聞かず、自分の思った事だけをする王なのだから。アンスリウムは今の酷いありさまを見ても、それは最初だけだと考え、民の声に耳を傾ける事すらしなかった。
「アンスリウム陛下。亡きランタナ殿下の派閥に入っていたダラーベン伯爵が陛下に直接会ってお話があると申していますが、いかがなさいますか?」
ここはチェラズスフロウレス城の玉座の間。宰相に昇進して成り上がったレドックが、玉座に座るアンスリウムに尋ねた。すると、アンスリウムは「またか」とでも言いたげな表情を見せる。
「どうせ奴の目的はブレゴンラスドへの宣戦布告の容認を俺から得る事だ。ランタナが死んだ事を知った時に、奴は随分と荒れて敵討ちがしたいと俺に懇願していたからな。会う必要も無い。追い返しておけ」
「承知しました」
「馬鹿な男だ。ブレゴンラスドは今後も友好国でなくてはならないと言うのにな」
「仰る通――」
レドックがアンスリウムに同意しようとしたその時、城門の方角から騎士たちの悲鳴が聞こえて、敵襲を知らせる警鐘が鳴り響く。アンスリウムは驚いて立ち上がり、悲鳴に耳を傾ける。すると聞こえてくるのは「ドラゴンだあああ!」と言う騎士たちの声。それを聞いて「そんな馬鹿な」と耳を疑った。
チェラズスフロウレスにドラゴンはいない。もしこの国にドラゴンがいるとしたら、それはブレゴンラスドから海を越えてきた以外に考えられない。しかし、ブレゴンラスドの法でドラゴンは国を出ない。
アンスリウムは異常事態が発生したのだと察して、レドックを連れて玉座の間を出た。だけど、向かう先は悲鳴の聞こえた方では無い。緊急時に王族が逃げる為の隠し通路だ。万が一の為に己の命を第一に考え、アンスリウムは先を急いだ。
「お主なら必ずここに来ると思っていたのじゃ」
「――っ!? 馬鹿な……。死んだ筈では……?」
隠し通路のある部屋の前。廊下のど真ん中に仁王立ちしているミアとアンスリウムが再会し、ミアがニヤリと笑みを浮かべる。アンスリウムは驚きのあまり目を見張ったまま動きを止めた。
「王様はアンスリウム殿下は王として逃げずに玉座で指揮をとると言っておって、他にも前戦に来るとかも意見が出たのじゃ」
「な、なにを言っている? なんでお前……ミアが……?」
「それはワシがお主は一人で隠し通路を使って逃げ出すと判断したからじゃ。他の者は他の所にいるのじゃ」
「…………」
ミアたちはアンスリウムがどう行動するか話し合い、それぞれが思いついた場所へと向かっていた。何ともまあ呑気なものだけど、それはとても単純な理由がある。
「アンスリウム殿下と最初に出会った者が、アンスリウム殿下を好きに出来る事にしたのじゃ」
「……は?」
そう。最初に会った者がアンスリウムの処遇を決める。処刑を望むなら処刑し、罰を与えるだけにしたいのであれば罰だけを与える。そしてこれはミアの提案だった。
自分や妻のアグレッティやランタナたち家族を殺そうとしたのだから、処刑する必要があると判断したウルイ。命を奪うのはやり過ぎではと判断するネモフィラ。他にも様々な意見が飛び交った。だから、ミアが提案したのだ。最初にアンスリウムを発見した者が、その処遇を決める権利を得ると。
正直なところ、これは遊びじゃないんだぞ。と言いたくもなるような方法ではある。だけど、全員が納得した。遊びじゃない。だからこそ、アンスリウムと会った時、そこに責任が生まれる。その責任を背負うべきだと、幼いネモフィラやランタナも覚悟を決めたのだ。そして、それぞれが信じた場所へと護衛を連れて向かった。
つまりここにはミアの護衛もいる。
「隠し通路で逃げるって予想は当たってたけど、一人では無かったッスね」
「細かい事を言うでない。誤差なのじゃ」
「――っな!? トンペット先生!? ど、どうなっているんだ!?」
「あ、アンスリウム様。これは……」
風の精霊トンペットの登場でアンスリウムとレドックが驚愕し、震えた。死んだ筈のミアが生きていて目の前に現れただけでなく、天翼会の重要人物の一人を連れて来たからだ。そして、そんな二人を見て、ミアが凄みのある笑みを浮かべる。
「随分とやんちゃしてくれおったのう。アンスリウム殿下。子供とてイタズラで済まされる範疇を超えておる。だから、今からお仕置きの時間なのじゃ」




