海上騎士団隊長との対話
話しは少し遡る。チェラズスフロウレスの国王ウルイたちは、海上騎士団隊長モヒートの騎士船団と海の上で合流していた。モヒートはミントの腹違いの兄。クリマーテの事を聞く為に、ミントが兄へ向けて緊急用の伝書鳩を使って連絡を入れ、船の上で落ち合う事になったのだ。
「ミント。生きていてくれて良かった」
「兄さま。会えて嬉しい」
十隻もある船の内モヒートの乗る船だけが側に寄り、船と船を繋ぐ舫い綱を使って行き来を可能にすると、モヒートが部下数人を連れてやって来て穏やかな顔をミントに向けた。ミントはいつもの兄の姿に安心して抱き付き、頭を撫でられる。そんな二人の姿に、同伴しているウルイやサンビタリアが微笑んだけど、その微笑みは直ぐに消える事になる。
「罪人クリマーテの話を聞きたいんだったね?」
「罪……人…………?」
「アレはブルーガーデンにいる友に預けた。死んだ人間が生きていると妄言を吐いていた危険人物だったからね。しかし、どうやら妄言では無く本当だったようだ。ミント。何故お前と死んだ筈の大罪人ウルイが共にいるんだ?」
底冷えするような冷たい声。モヒートがミントの頭を撫で乍ら発した声は、そう言う声だった。しかし、顔は穏やかな微笑みを見せていて不気味。そのあまりにも違いのある表情と言葉に、周囲が凍り付き目を見張り、ミントも一瞬何を聞かれたのか分からずモヒートの顔を見上げた。
「兄……さま……?」
「ミント。ウルイは我がチェラズスフロウレスの国王アンスリウム陛下を裏切り、ミントを巻き込んでブレゴンラスドで罪を犯した罪人。つまりは逆族だ。生きていた事には正直驚かされたけど、ブレゴンラスドが思っていたより無能な国だと言う事だろう。それは仕方が無い。でも、ミントがこんな奴等と一緒にいる事の方が私には不思議でならないよ」
穏やかな顔で告げるモヒートの底から湧き出るような憎悪を感じ、ミントは恐怖で身を離した。すると、モヒートはやれやれとでも言いたげな表情を見せ、ため息を吐き出した。
「アンスリウム様が仰られていた通りだ。残念だよミント。お前もウルイ等の賊に毒され、アンスリウム様を裏切ると言うのか。父様のように」
「父さまがアンスリウム様を裏切っ……た…………?」
「ああ。父様は恐れ多くもアンスリウム様に命令したのさ。ブレゴンラスドにはミントがいる。だから、今直ぐ王妃スピノに頼み、チェラズスフロウレスの連中を処刑するのをやめさせてくれ。とね。全く、あれ程に愚かな男だったなんて。私だってミントを愛している。だけど、何を優先するかくらいは分かる。例え妹の命であろうと、アンスリウム様の為であれば見捨てて当然だろう?」
「そんな……。うそ……嘘だよね……? 兄さま……。兄さまが私を……」
縋るような視線を向けるミントに、モヒートは悲しげな表情を浮かべて首を横に振るう。言葉は無い。その悲しげな表情が全てを物語っていて、まるで聞き分けのない我が儘な子を見るようにミントを見ていた。ミントの目からは涙が溢れだし、サンビタリアが堪らずミントを抱きしめる。
「あなた。それでもこの子の兄なの?」
「ふっ。やれやれ。お前にだけは言われたくないな。サンビタリア元王女殿下。弟や妹たちを傷つけてきたお前にはな」
「そうね。あなたの言う通りだわ。でもね。この子はあなたの事を心から慕っているのよ。それを見捨てるだなんて簡単に口にするんじゃないわよ!」
「聞いていた通り感情でものを言って動く女だな。私は兄だからこそ感情を押し殺し、ミントにメグナット家の名に恥じぬ貴族としてあるべき姿を見せている。そんな事も分からないとは、寛大なアンスリウム様でも嫌気がさすわけだ」
「寛大? あの馬鹿が? 冗談にしては笑えないわね」
「貴様。アンスリウム様を愚弄する気か? 私の妹を誑かして丸め込んだだけでなく、あのお方を愚弄するとは。あのお方の姉であろうと、許される事ではないぞ」
「そっちこそ、馬鹿な愚弟に誑かされて妹のミントを泣かせて、あげく逆賊の分際でこの国の王女である私に随分と舐めた口を利くわね。ただで済むと思うんじゃないわよ」
「威勢だけは良いな。元王女。貴様も父であったあの男に私がしたように、直々に裁きを与えてアンスリウム様に差し出してやろう」
「あなたまさか……父親を手に掛けたの……っ!?」
「その通りだ。あのような男の息子である事が最早恥に等しい。それを私は自らの手で断ち切ったのだ」
「最っ低!」
サンビタリアがミントを離して立ち上がり、侍従のツェーデンがミントを連れて下がる。サンビタリアとモヒートが睨み合い、すると、二人の間にウルイが立った。
「二人ともそこまでだ。モヒート。貴殿にはこれよりアンスリウムの所まで案内してもらいたい。私とアンスリウムで話し合う。頼めるか?」
「お父様! こんな奴に頼むなんて何考えてるのよ! それに、こんな奴は頼むにしたって命令するくらいで丁度良いわ!」
「サンビタリア。お前は黙っていろ。これは今まで不甲斐無かった私の責任だ。アンスリウムとしっかりと話し合い、あの子の本心を言葉で聞きたいのだ」
「……仕方が無いわね」
ため息交じりに言うと、サンビタリアは後ろに下がった。すると、不安そうにしているミントと目が合ったので、微笑んで手を繋いであげた。




