精霊の尋問は怖い
「ブイドハンバル子爵!?」
「ひいい! お、お許しを! どうか私奴をお許し下さい殿下!」
マイコメール村の疫病を解決し、ここは村長が貸してくれた空き家の中。外ではヒルグラッセが誰も近づかないように見張りながら、プリュイとラーヴと一緒に外で遊ぶプラーテの面倒を見ている。空き家の中にいるミアたちは犯人のスノウの取り調べをしていて、そこにはアンスリウム派のブイドハンバルと言う男も一緒に縄で縛られていて必死に謝っていた。
ブイドハンバルは狙った対象に自分への認識阻害を五分間だけ与える魔装を持っている。その為、今回のスノウの補佐として選ばれたのだ。しかし、運が悪かった。その効果は対象相手に五メートル以内に近づいて、気付かれない内に使用する必要がある。だから、光速で村の中を見て回っていたミアに先に気がつかれてしまい、怪しんだミアに一撃で仕留められたのだ。
ブイドハンバルはたった今目を覚まし、リベイアの看病でここにはいなかったランタナが丁度そのタイミングで空き家に入って今に至る。念の為に気絶させたところに戻って捕獲したとミアが説明すると、ランタナはブイドハンバルをきつく睨んだ。
「ミア。ブイドハンバル子爵もこの事件に関わっていたの?」
「それは本人に聞かぬと分からぬのう」
「それならじっくりと話を聞かないといけないね」
「それはそうと、リベイアの調子はどうじゃ?」
リベイアの事をミアが尋ねると、ランタナの目が緩み、とても優しい表情になる。
「ミアのおかげで穏やかな顔で眠ってるよ。本当にありがとう」
「それは良かったのじゃ」
ミアとランタナは微笑み合い、二人の会話を聞いていた皆も微笑んだ。けど、縛られ身動きが取れないブイドハンバルの顔は真っ青だ。これからの自分がどうなるのかと、想像しただけでも恐ろしいと涙目である。そんなブイドハンバルを横目に、もう一人の囚人であり今回の事件の犯人であるスノウは、ランタナを鋭く睨んでいた。
「こんな事なら村を巻き込む疫病や氷の大樹なんて使わず、直接殺せば良かったわ」
「スノウ=ドロップ。兄さんの左腕と呼ばれていて、“凍将のスノードロップ”の二つ名を持っていた。貴重な情報をたくさん持っていそうだね」
「だから何よ? 言っておくけど、私は何も話す気はないわよ」
「実は何も知らないだけかもしれないッス」
「こら。トンちゃん。今大事なお話中だから黙ってないとダメだよ」
トンペットが冷やかすので、ジャスミンが注意してから「ごめんねぇ」と謝ると、ラテールをこの場に残してトンペットを連れて空き家を出た。すると、今度はブイドハンバルへの尋問が始まった。
この男は手柄を立てて爵位を上げようと考える野心家ではあるけれど、根っこがよわよわなので我が身可愛さに何でも喋る男。少しでも自分の立場を良くしようと必死な為か、随分と口が軽い。
「あ、アンスリウム様はウルイ元国王が死んだ跡をお継ぎになったのです! 嘘じゃ無い! 今チェラズスフロウレスはアンスリウム陛下が新たな時代を造り上げようとしている! だから、生き残ったランタナ殿下が邪魔だとお考えになったのです! 私は悪くない! 本当です!」
「父上が……死んだ?」
ランタナが驚いてネモフィラに視線を向けるが、ネモフィラは冷や汗を流すだけ。二人の目がかち合い、二人で首を傾げると、ルニィが「生きておられますよ」と一言告げる。それを聞いてランタナがホッと息を吐き出して、スノウとブイドハンバルが驚き目を見張った。
「そんな馬鹿な!? 無能だった元国王ウルイは処刑されて死んだ筈よ! 侍従風情がでたらめを言うな! そこの貴様! ルーサ! ブレゴンラスドの革命軍に所属していたな! 貴様がこいつ等を騙して味方にしたのか!」
「聞いてない! 私は聞いてないぞ! あああああ! 大変だあ! それでは私は国家反逆者じゃないか! アンスリウム様が国王になられたから王族を殺す手伝いをしに来たのに! 話が違うじゃないか! お許しを! ランタナ様どうか慈悲を! 私は悪くないのです!」
罵声と謝罪が飛び交い、ランタナがため息を吐き出す。この場にはブレゴンラスドの見習い騎士ブラキもいるが、軽鎧をミアに貸してルニィからチェラズスフロウレスの服を借りて着ている。だから、残念な事にブレゴンラスドの者だと気がつかれていない。ルーサは部外者なので今回は話を聞くだけとしていたが、名前を出され喧嘩を売られたと捉えて、スノウに掴みかかろうとした。でも、それはメイクーに止められて未遂に終わる。
「ギャーギャー煩いです」
天翼会の代表としてこの場に残らされたラテールだが、とても嫌そうな顔である。いつの間にかミアの頭の上にいて、呟くと罪人二人に向けて重力の魔法を放ち、めり込ませる勢いで顔を床に押し付けた。
「お前達は負け犬です。遠吠えしてないで大人しく言う通りにしていればいいです」
「相変わらず容赦がないのじゃ……」
「当然です。ラテは甘々なジャスやお前達とは違うです。こんな連中を甘やかしてあげる程、ラテはおバカじゃないです」
そう言うと、ラテールはブイドハンバルだけ重力を緩めて、可愛らしい瞳で睨んだ。
「弁明とか無駄な事はしないで、聞いた事だけ話すです。分かったです?」
「は、はい! 話します! 話しますから、精霊様! どうか、どうか命だけ――っおぐっ」
ブイドハンバルの顔面が重力で床に叩きつけられ、鼻から血を出す。そして、涙と鼻血でぐちゃぐちゃになった顔を再び上げさせられた。
「聞いた事だけ話せとラテは言ったです」
「は、はいいいいいいいい!」
流石はラテール先生。お子さまには見せられないくらいには、かなり容赦が無い。おかげでブイドハンバルの顔が若干グロイし、これにはランタナもネモフィラもドン引きして顔が真っ青だ。




