騎士たちの決闘(2)
ネモフィラが龍神から落ちると、ミアが跳躍して空中でネモフィラを受け止める。しかし、まだ安心は出来ない。スノウがルーサの攻撃を躱し乍らも、ネモフィラを未だに狙っていたからだ。
何故ここまでスノウが目の前のルーサではなくネモフィラに固執するのかと言うと、それはネモフィラがチェラズスフロウレスの王女だから。アンスリウムの配下であるスノウにとって、ネモフィラは真っ先に殺さなければならない対象だった。目の前にいる敵ルーサよりも、アンスリウムの一番の邪魔になる王族を排除する事の方がスノウにとっては重要だった。そして、スノウは魔装で一本の氷の槍を生み出し、空中で抱き合うミアとネモフィラに向かって放つ。
「ミア!」
「フィーラ! ワシにしっかり捕まるのじゃ!」
「はい!」
時速どころか秒速一キロに近い速度で飛翔する氷の槍。それは音速を超えたスピードで、間違いなくスノウの本気の成せる業。乱射された氷の槍とは違い、その威力は凄まじい。確実に獲物を仕留めるのだと言う強い意志が感じられる一撃だ。それがミアとネモフィラを狙って襲うが、相手が悪い。
ミアはネモフィラから手を離し、ミミミピストルを発砲して氷の槍をいとも簡単に弾き飛ばす。その時、発砲の反動でミアは後ろに飛び、直後にネモフィラを再び掴んでお姫さま抱っこし乍らくるりと一回転して地面に落下した。そして最後はそのまま着地して、ズザザァッと砂煙ならぬ氷煙を上げながら滑り止まる。
「フィーラ。無事なのじゃ?」
「はい。……ごめんなさい。ミアに迷惑をかけてしまいました……」
「そうじゃのう。ワシは別に迷惑とは思ってはおらぬが、危ないからついて来るのは駄目だったのじゃ」
「はい……」
ネモフィラは反省して落ち込んだ。するとその時だ。ミアに攻撃を防がれた事に動揺を見せ、更にはおざなりになっていた目の前の戦いで隙を見せたスノウと、何度も攻撃を躱され怒り心頭なルーサの決着がつこうとしていた。
「てめえの相手はオッレッだ!」
ルーサがスノウに向かって零距離から魔装を爆散させる。スノウはそれを寸でで防ぐがその衝撃は大きく、後ろへ吹っ飛んだ。するとその先には、待ち構えていたヒルグラッセの姿が。
「あ! てめえ! いねえと思ったら!」
ルーサが悔しそうに叫び、その直後にヒルグラッセが剣を振るってスノウの背中を切り裂き、スノウはその場に倒れて意識を失った。
「ちっ。てっめえ! 卑怯だぞ!」
「勝ちは勝ちだ。ミア様の護衛騎士の座は譲らない」
ヒルグラッセが口角を上げ、ルーサが鋭く目を吊り上げて怒る。因みにヒルグラッセは一見クールに見えるが、尻尾が喜んでブンブンと振られている。そんな二人を見つめ乍ら、ミアとネモフィラはゆっくりと二人に近づいて行き、上空にいた龍神も地上に降りた。
ただ、ネモフィラはもの凄く元気が無い。ミアに迷惑をかけてしまったし、龍神にこっそり頼んでついて来て足手纏いな事をしてしまった。これでは我が儘なだけの悪い子だ。ネモフィラは自分で自分が許せなかった。
ネモフィラはまだ最近六歳になったばかりの女の子。普通であればこのくらいの年の子は、ここまでしっかりとは考えないだろう。何が悪い事なのかなども分からない年の子だ。だけど、ネモフィラは王族として教育を受けていて、同年代の子等と比べてしっかりしている。だからこそ、自分の行いの愚かさに気がつき、こうして反省しているのだ。
(わたくしのせいです。わたくしがいなかったら、多分ミアがもっと早くあの方を倒していました。ミアの活躍を奪ってしまいました)
ここはまだまだ幼いからなのか、それとも性格なのか。ネモフィラはミアが活躍出来なかった事が一番悔しくて悲しくて辛かった。大好きな“王子さま”の邪魔をして、かっこいい姿を披露出来ない状況を作ってしまった事に後悔した。
(もうミアの活躍を見たいと言って我が儘を言うのはやめます。それから、武術の授業を頑張って、いつかわたくしもミアの隣に立って戦えるようになりたいです! 足手纏いではなく信頼出来る戦友として、いつでも一緒にいられるように!)
何やら可笑しな方向に決意を固めたネモフィラ。立場的には一国の王女なのだし、他に何かあっただろうと言いたい所だが、まあ、そこはネモフィラなので仕方が無い。
「おかしいのじゃ。全然魔装の効果が消えぬのじゃ」
ネモフィラが決意をしている時だった。ミアが足を止め、凍り付いた大地が元に戻らない事に気がつき、ヒルグラッセやルーサも驚いて周囲を見回す。ネモフィラもミアの側に近づいて、無意識の恐怖でミアの手を握った。
「あ? ――っおい! こいつはスノウじゃねえぞ!」
「これは氷の人形……?」
ヒルグラッセに背中を切り裂かれたスノウは、氷で作り出された人形だった。氷の人形は斬られた背中からひび割れて、そのままパキパキと音を立てて割れていく。最後には跡形もなくなって、氷の粒の山が出来上がった。
(ぬう。厄介じゃのう。近くにはおる筈なのじゃが、大地からも魔力を感じるせいで、本体がどこにおるのか分からぬのじゃ)




