お子さま先生出勤のお時間です(2)
ジャスミンが使った通信用の魔道具は、ジェンティーレがミア派の為に用意した特注品ではなく普通の物。だから、そこには映像が流れる事もなく、ただの通話のみである。しかし、それでも分かる不穏な雰囲気。学園に通うアンスリウムを見てきたからこそ分かる微妙な変化。ジャスミンはそれを挨拶だけで感じ取り、ランタナとリベイアの事だけを話した。すると、アンスリウムが少しの間を置き、動揺しているような声で呟く。
「ランタナとその婚約者リベイアが無事だった…………?」
「違うよ。無事じゃないの。プリュちゃんとラヴちゃんが側にいるから、多分大丈夫だとは思う。だけど、モノーケランドのマイコメールで発生した疫病のせいで、そこに閉じ込められちゃってるの」
「マイコメール……疫病…………」
呟いた後に暫らくの沈黙。その間およそ一分くらいだろうか? 言葉を待つ側にとって、一分はとても長く感じる。それもあり、アンスリウムが心配のあまりにショックを受けて、言葉を失ってしまったのだとジャスミンは勘違いした。不穏だと思っていたものは、自分の勘違いだったのだと自己解決してしまう。
しかし、ショックの意味が違う。アンスリウムは確かにショックを受けたけど、それは心配してではなく、ランタナが生きていたと言う事実。死んでいたとばかり思っていたからショックを受けて、その顔は怒りで酷く歪んでいた。ブレゴンラスドの無能共と。でも、それも一分も経てば治まった。何故なら、まだ王たちも無事だとは知らないから。
そう。思い出してみてほしい。ブレゴンラスドでチェラズスフロウレスと連絡を取る為の通信機は火山噴火の影響で壊れていた。だから、アンスリウムは聖女や王が無事であると連絡を受けていないのだ。ジャスミンも最初に不穏な空気を感じて話さなかったので、未だにアンスリウムはその事を知らない。
「困りましたね。直ぐにでも助けに行きたいけど、今チェラズスフロウレスはあんな事があったせいで父上たちがいなくなってしまって人手が足りない。侍従や騎士も随分と多くの人数がブレゴンラスドに行きましたから……」
(あんな事……? あれ? アンスリウムくんは内戦に巻き込まれた事を知らないんだよね? じゃあ何で……あ! 分かったかも!)
「それに、村を閉鎖する程の危険な疫病であれば、慎重にならざるを得ません。ランタナの救助は慎重に行います。ジャスミン先生、ご連絡に感謝します」
「ううん。いいんだよ。今は一人で大変だもんね。私の方でも何か出来ない事がないか考えるから、アンスリウムくんも頑張ってね」
「はい。ありがとうございます。ではこれで」
「うん。またね」
通信を切り、ジャスミンは何故か目を潤ませた。
「アネモネちゃんの結婚式を“あんな事”扱いだなんて、アンスリウムくんはお姉ちゃんが大好きだったんだね。大好きなアネモネお姉ちゃんがお嫁さんに行っちゃったなんて、アンスリウムくん可哀想」
「やっぱりジャスは頭の中がお花畑です」
「え? なんで?」
「ボクから言わせてもらえば、本当に大好きなら結婚式行けよって話ッス。はあ。ご主人はいつまで経ってもご主人ッスね。ちょっと心配になるッス」
「いつまで経ってもって、なんだか馬鹿にされてる気がする!」
「してるんスよ。いいッスか? 腹黒王子のあの雰囲気、どう考えても怪しいッス」
「そうかなぁ? 私も最初は、あれ? って思ったけど、いつも通りだったよ」
ジャスミンが答えると、トンペットが呆れた顔して人差し指を立てる。
「いいッスか? まず、弟が疫病で死ぬかもしれない事態になっているのに、随分と冷静だったッス。しかも、話をした時に出た言葉が“無事”ッスよ。ボク等は危険な状況だと教えたのに、普通そんな言葉は出てこないッス」
「で、でもでも、ランタナくんはパパたちと離れ離れになっちゃってたわけだし、それを知らな……って、あれ? でも、それだと、まず二人がそんな状況だって事に驚く筈なのに……。じゃあ、最初から知ってたのかな? うぅん……。それなら知ってるって言うよね。あれぇ? わけがわからなくなってきちゃったかも。何がどうなってるの?」
「そんなのボクだって分かんないッスよ」
「何か嫌な感じがするです。ジャス。ブレゴンラスドにラテ達も行くです。あっちなら転移装置で出入が出来る筈です」
「あ。そっか。その手があったんだ。ブレゴンラスドからモノーケランドのマイコメールに行こう。ブレゴンラスドの王宮からなら確か一番近い筈だもん」
「でも、珍しいッスね。ラテからお出かけの提案なんて」
「ブレゴンラスドにはミアがいるです。ミアの頭の上はジャスには劣るけど、それなりに良い寝心地だったです。だから、ジャスがモノーケランドに行ってる間は、ミアの頭の上で寝てお留守番してるです」
「え、えええええ……」
「全然助けに行く気が無かったッスね」
斯くして、ジャスミンとトンペットとラテールはブレゴンラスドに向かうのだった。




