幕間 護衛騎士は聖女に誓う
「ふう。確認せんと分からぬが、戦いで負傷した者の傷が全部癒えた筈なのじゃ。グラッセさん、つき合ってもらって悪かったのう。ありがとうなのじゃ」
「いえ。礼には及びません。ミア様の神秘的な魔法を拝見できて、こちらが感謝したい程です」
「それは言いすぎなのじゃ」
ミア様はそう仰られると恥ずかしそうに笑った。とても可憐なこの少女が、私の主ミア様だ。
「では、帰るのじゃ」
「はい。早く帰らねば、ルニィが怒ってしまいますからね」
「うっ。想像しただけで恐ろしいのじゃ……」
ブレゴンラスドで革命軍との戦いに終止符が打たれた日の夜。誰もが寝静まった深夜の時間帯に、私はミア様の護衛で王都で一番高い王宮の中心、屋根の上にやって来ていた。
そして、今まさにミア様の聖なる魔法の奇跡を見た所だ。ミア様曰く、今の魔法で王都全土にいる負傷者の傷が癒えたらしい。しかもそれは、革命軍の者達を含めて。
「……本当に慈悲深いお方です」
「ぬ? なんか言ったのじゃ?」
「いえ。ただの独り言です」
思わず独り言を呟いたのが聞こえたらしい。苦笑し乍ら質問に答えると、ミア様は「なら良いのじゃ」と笑顔を向けて下さった。
私はヒルグラッセ=ドープルイト。ヒューマンと比べて耳と鼻が利く獣族、犬の獣人だ。聖女であらせられるミア様の侍従、護衛騎士として任務を授かり、とても充実した毎日を過ごさせて頂いている。
だけど、今日の戦いで、私は自分の実力が如何に足りないのかを思い知らされた。負けてはならない戦いで、私は負けたのだ。聞いた話によれば、革命軍の副隊長であるルーサが現れたおかげで皆が無事だったようだ。だけど、そうでなければ……。
こうしてミア様の笑顔を向けられる資格が、本当に私にあるのだろうか? 私が敗北をした事で、ミア様の顔に泥を塗ったのだ。そんな資格、あるはずが無い。
「グラッセさん。どうしたのじゃ? 曇り空のような顔をしておるのじゃ」
「何でもありません。ご心配お掛けして申し訳ございません」
「ぬう。隠し事なんて寂しいのじゃ。ワシに話をするのは嫌かのう?」
「ミア様……。いいえ。その様な事はございません。ただ、自信を無くしてしまっただけです」
「自信をなのじゃ? もしかして、ヴェロに負けた事を気にしておるのか?」
「…………はい。お恥ずかしいかぎりです」
情けない。ミア様に心配をかけさせてしまった。やはり私は未熟だ。聖女様を護る騎士がこんな事では務まらないと言うのに。しかし、こんな未熟な私にミア様は再び笑顔を向けて下さった。
「何を恥ずかしがっておるのじゃ。ワシはグラッセさんにいっぱい感謝しておるのじゃぞ」
「――っ! 感謝……? 私に……?」
信じられない。敵に負けた私が感謝をされる? それも聖女のミア様に? そんなまさかと驚けば、ミア様は少し怒った様子で私にジト目を向けた。
「当たり前なのじゃ。お主がおらんかったら、王も王妃もサンビタリア殿下もアネモネ殿下も、皆死んでおったかもしれぬのじゃ。それに、プラーテだって死んでおったかもしれぬ」
「そ、それは……あくまで結果がそうだっただけで…………」
「その結果が全てじゃ。グラッセさ……ヒルグラッセ=ドープルイト、ワシの大切な者達を護ってくれてありがとうなのじゃ。お主がいてくれて良かった。心からそう思うのじゃ」
「――――っ!? ミア様……っ」
目から涙が溢れだした。こんなに嬉しい事はない。戦いに敗れ、迷惑をかけてしまったと言うのに、こんなにも真っ直ぐと感謝を受けるとは思わなかった。
「勿体無きお言葉です。私の方こそ、ミア様に認めてもらえた事に感謝します」
跪き、首を垂れた。すると、ミア様は突然の私の行動に戸惑ったのか、慌てた様子をお見せになった。とても恐れ多くてミア様ご本人には言えないが、本当に可愛らしいお方だ。聖女という立ち場でありながら、ご自分の立場をひけらかす事無く謙虚で、誰をも平等に扱う。これ程に可愛くまだ幼いというのに、まるで成人した大人の様に落ち着いていて、先を見通す力をお持ちだ。そんなミア様にお仕え出来る事が、私の誇りだ。
「ミア様。未熟な私ではありますが、今日の事を真摯に受け止め、今後どの様な敵が相手でも打ち勝つ事を誓います。ですから、恐れ多くもお願いします。私に誰よりも強くある為の勇気を、ミア様の騎士として忠誠を誓う事をお許しください」
かち合う目を真剣にし、魔装振動の剣を取り出し、ミア様にグリップを向ける。ミア様は最初は戸惑った様子を見せたけど、直ぐに柔らかな笑みで頷いて下さり、魔装を受け取って下さった。そして、ミア様は私の肩を剣身で叩き、簡単な儀式をした。
「グラッセさん。お主の覚悟を確かに受け取ったのじゃ」
「ありがとうございます!」
私はミア様の騎士としての誇りを懸けて、必ず勝ち続けると誓った。




