幕間 副隊長側近は奇跡を受ける
私の名前はシスカ=ラーン。革命軍の副隊長サウル……いいえ。ルーサ=ナイト様の側近だ。天翼学園を随分と前に卒業している二十四にもなる独身で、結婚の予定は未定。そもそも男には興味が無いので、恐らく未定どころか一生出来ないだろうと、両親に見放されて今に至っている。
そんな私だが、王都が溶岩と火山灰に包まれたその夜に、聖女の慈愛の光を受けた。いえ。正確には慈愛の光を受けた一人と言うべきね。あの日は私もルーサ様と一緒に王都に攻め込んでいて、側近でありながら、任務の都合で別行動を取っていた。そんな事があり得るのかと問われるかもしれないけど、私が所属している革命軍ではよくある事だった。
私の任務は貴族街にいる現役の天翼学園生たちを抑えて、王宮の救助に行かせない事。困難な任務ではあったけど、それでも仲間達と力を合わせて持ち堪えていた。しかし、火山の噴火で最悪の事態になってしまった。私を含めて仲間全員が重傷を負い、溶岩から逃げ、安全な場所に身を潜めた。戦闘をするどころではなくなり、自分や仲間の応急手当をするのも苦労した。
ただ、幸いな事に、この王都で暮らした事がある者ならば誰でも身につけている事があった。それは火山噴火時の避難を含めた対処方法だ。火山に都市を作ったこの王都だからこそ災害に備えて、いつ火山が噴火しても良いようにと、皆がそれ相応の訓練を受けて鍛えられている。元々はこの王都で育ち経験しているのだから、それは私や他の仲間達も同じなのだ。後で聞いた話によれば、あの災害での死者はいなかったらしい。王都に住んでいた者からすれば当然と言えば当然の結果だけど、そうでない者は驚いていた。だから、あの日起こった私達革命軍の侵攻が、人に一番の傷を負わせた結果になった。でも、それを全て優しい光で包み込んでくれたのが聖女様の光だ。
今思いだしても夢の様で、現実に起こった事なのかと自身を疑ってしまいそうになる。しかし、あの夜に起きた出来事は間違いなく本当の事で、誰もが傷を完治させた。龍神様を連れて聖女様の代弁者と名乗った彼女の言った言葉が、本当なのだと理解出来る。それ程に、あの夜に起きた出来事は奇跡的で、そして神秘に溢れていたのだ。
「宴……楽しかったな」
「ああ。きっと聖女様の代弁者が俺達を受け入れてくれたんだろうさ」
「俺さ。聖女様の代弁者のおかげで、なんか法律とかどうでもよくなったよ」
「分かる。あんなに綺麗で可憐な方が、“ふんどししか穿けない”なんて馬鹿げた法律のあるこの国に嫁いで来てくれるんだ。それだけで満足しちまうよ」
「男どもは単純ね。それよりも私は断然ミアちゃんね。あの可愛さ見た? あんなに可愛いのに隊長より強いんだもん。はあ。抱きしめたい」
「おめえも俺等とそう対して変わんねえじゃねえか」
王宮で行われた宴の後に私は牢に入れられ、同じように牢に入る仲間の話を静かに聞いていた。聞いていれば分かる事だけど、話の内容は楽し気なもので、みんな気持ちに余裕がある。でも、それもその筈で、私達革命軍の処遇が思っていたよりも優遇されているからだ。
牢の中に綺麗でフカフカの布団を用意してもらい、喉が渇いた時の為に大きめの器に入った水も幾つか用意されている。魔装の力を封じる足枷を付けられてはいるけど、他には何もない。牢の中だけではあるけど自由に動ける。だから、仲間がこんなにも呑気に宴の余韻に浸って話し込んでいたのだ。
唯一不満があるとすれば、騎士と戦った時の傷が疼く事。私は戦いで左腕と左の横腹を斬られ、横腹の血が今も止まらない状態だ。でも、他にも重傷者はたくさんいて、それと比べれば私はまだ良い方だった。
「あーあ。これで治療までしてくれたら完璧だったのになあ」
「馬鹿言え。普通はこんなに待遇はよくないんだぞ。俺は十分感謝してるぜ」
「そうは言ってもなあ。俺やお前はまだいいが、かなりの重傷な奴もいるんだぞ」
「一番酷い怪我をしている奴は今夜が山だってな」
「お前等も覚悟しとけよ。今は死亡者はいないけど、明日には出るかもしれねえんだ。傷で死ぬか、処刑で死ぬか……ま、どっちにしろ、俺達の末路なんて変わらねえだろうな」
「うん。分かってるよ……。シスカは平気? お腹の傷、かなり深いんだよね?」
「え、ええ。私は大丈夫よ。このくらいの傷、どうって事――」
奇跡が起きたのはその時だった。まるで私の話を遮る様に、私達を包み込む白金の光が現れて輝いた。それはまるで空から振る雪のように綺麗に舞い、私達を包み込む。そして、重傷だった傷が嘘のようにふさがって、最後には最初から傷が無かったかのように綺麗に無くなった。
「うそ……? 信じられない……」
「聖女様だ! 聖女様は本当にいたんだ!」
「そうか! 代弁者であるアネモネ様が聖女様に頼んで下さったんだよ!」
「きっとそうよ! アネモネ様、聖女様、ありがとうございます!」
聖女様の光を浴びて仲間達全員の傷が治った。死ぬかもしれないと言われていた仲間の命も救ってくれた。これを奇跡と呼ばずして、何を奇跡と呼べばいいのだろう?
私達革命軍は戦いに敗れた。だけど、それでもこうして心が満足していられるのは、きっと聖女様のおかげだ。聖女様に頼んでくれた代弁者のアネモネ様には感謝しなければならない。
もし、牢から出て罪を償う機会を与えてもらえるのであれば、私は……いいえ。私達はアネモネ様の生活を、全てを支援しよう。彼女に協力し、彼女の為に働くのだ。それがきっと私達の傷を奇跡の光で治してくれた聖女様への恩返しになるのだから。私達は喜びを仲間と分かち合い、そう決めた。罪を背負った私達が聖女様に直接会う事なんて出来ないだろう。だから、許されるならば、せめて聖女様の代弁者アネモネ様のお力になりたいと。




