誰でも救うわけじゃない
「ところで聖女様。妻のスピノが世話になったそうですな。お礼に何か差し上げたい。望みの物を用意するので、何か欲しいものを仰って下さい」
革命軍の事はブレゴンラスド側でどうにかする事になり、その話が終わると、ブレゴンラスドの王レックスがミアに尋ねた。ミアは岩山村でスピノを助けた事を思いだして、機会があれば何かを貰うという話になっていた事を思い出す。
「そう言えばそうだったのじゃ」
「私だけでなく、プラーテも助けて頂いたわ。それに、革命軍の事も。本当に感謝しているの。何でも言ってほしいわ」
(プラーテを助けたのはゴーラ殿下じゃけど……。まあ、今更ぶり返して問答しても意味が無いのじゃ。遠慮なくお願いしてみるのじゃ)
「それならお主が王妃様だと知った時に、もう決めていたのじゃ」
「まあ。そうでしたの? ふふふふふ。何かしら?」
ミアとスピノが笑い合う。すると、何故か一緒にネモフィラがニコニコと笑顔になった。その様子を不思議に思いサンビタリアが尋ねると、ネモフィラは「わたくしはミアが何をお願いするか分かっているのです」と答えた。だけど、それはサンビタリアも一緒だった。
(私には分かります。ミアは革命軍の方達を許してあげてほしいと言うに決まっています。だって、ミアはとっても慈悲深いのですもの)
(ミアは私を受け入れてくれたように、ラティノたちをもう一度国の民として受け入れてほしいと言うのでしょうね。本当に呆れるくらいお人好しなんだから)
二人は微笑み、ミアを見つめた。ミアに救われた経験がある二人だからこそ、ミアの気持ちが理解出来――
「転移用の魔道具を使って、チェラズスフロウレスの王城でも温泉に入れるようにしてほしいのじゃ」
――はい。違いました。理解出来てません。と言うか、このアホ……じゃなくてミア。完全に欲まみれである。革命軍の事なんて微塵も考えていない。これには二人もびっくりだ。
「えええええええ!? ミア!? 革命軍の方達を許してあげてとお願いしないのですか!?」
「なんでじゃ?」
「な、なんでってあなた。あなたやネモフィラに酷い事をした私を、庇ってくれたじゃない」
「庇った覚えがないのじゃ」
「でも、死ぬ事ではなく、生きて罪を償うように道を示してくれたでしょう?」
「あれは……」
(ワシなりの復讐心が入っておったのじゃが、でも……)
「それはお主が身内だからなのじゃ。ワシは身内でも何でもない者には一々構ってられないのじゃ」
「で、でも、初めて会った時に身内でも無いわたくしの命を救ってくれました!」
「そりゃそうじゃろう。命は大切にしないと駄目なのじゃ。襲われておったフィーラを、知り合いでないと言うつまらぬ理由で見捨てるなど出来る筈がないじゃろう? それだけの事なのじゃ。革命軍は人数も多いし、今まで何をしておったのかワシには分からぬのじゃ。罪の無い者を救うならともかく、少なくとも革命軍は人を襲うなどの悪さをしておる。そんな連中をワシの独断で勝手に許して世にのさばらすなど、出来るはずが無いのじゃ」
ミアの答えにネモフィラとサンビタリアが絶句する。しかし、実際に言っている事は理解出来る。被害者の事を考えれば、無責任に許すなんて出来るわけがない。すると、二人の様子に見かねて、ウルイがやれやれとでも言いたげな表情を見せた。
「お前達は知らなかった事だが、聖女様はネモフィラを襲った野盗やヘルスター等の処遇を、天翼会に任せてはどうかと私に進言してくれた事がある。そこなら何者にも平等に罪を与えるからとな」
「え!? そうなのですか!?」
「そう言えば、リリィ先生とプリュイ先生が城に来られた時に、他の先生方が何人か別行動を取っていたわね」
「そう言う事だ。機密も含まれる故、この場では詳しく言えぬが、あの者達は扱うには少々厄介だったのだ。しかし、それも……いや。今は言うべきではないか」
ウルイが隠したのは、ヘルスターがレムナケーテ侯爵やマルクハルトに渡し、自らも使っていた魔装の事。それから、牢で殺され、ミアに甦らせてもらった野盗の事。そして、その裏で誰かが動いていて、その誰かがアンスリウムではないかと思った事。それは当たっていてズバリその通りだが、ウルイはまだ確信を得ていない。いや。信じたくないと言うべきか。そして、彼等を預けた天翼会からも、まだ何の結果の連絡もきていなかった。
「とにかく、ワシはそこまで面倒を見てられぬのじゃ。分かったであろう? ワシは聖女では無いのじゃ」
一同が沈黙する。が、口にしないだけでミアが“聖女”であると全員が思っている。決闘では殺せたはずのラティノを生かし、祝勝会と言う名の宴で革命軍を受け入れたのもミア。聖女であるミアが一緒に楽しもうと誘ったから、スピノは革命軍を迎えて、祭りのような一時を一緒に過ごした。
今はまだ誰も知らない事だが、これがきっかけで、スピノは革命軍の罰を少しでも軽くなるように考えていた。個人によって何をしていたのかが変わるので、もちろん全員まとめて同じにとはいかずに個人差は出る。でも、こんな風にスピノの考えを変えたのは間違いなくミアで、それは他の誰もが出来ない事。そしてスピノの心を変えたように、多くの人に色々な影響を与えた。
ミアは紛れもなく慈悲深く優しい“聖女”の姿として人々の目に映りこんだのだ。
「それより温泉なのじゃ。転移用の魔道具は貴重品じゃ。流石に無理があるかのう?」
「ハッハッハッ! 聖女様。ご心配には及びません。転移用の魔道具は確かに貴重品であり、我が国にも片手で数える程度しかございません。しかし、国と命の恩人である聖女様へのお礼ですから、その程度の物は差し上げて当然と言えましょう」
「おおおお! ありがとうなのじゃ! でもワシは聖女じゃないのじゃ」
「良かったですね。ミア」
「うむ!」
(嬉しいのじゃあ! ワシの引きこもり計画が一歩前進したのじゃあ!)
ミアが目を輝かせて喜び、それがあまりにも嬉しそうなので、周囲もつられて笑顔になった。




