幼くても立派な王女様
「これは……何がどうなっているのだ…………?」
ブレゴンラスドを治める王レックス=B=ティガイドンが、王太子である息子の傷心旅行から帰って来て、最初に発した言葉がそれだった。目にしたのは、王宮の庭園で行われていた革命軍と騎士の飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。スピノがラティノと仲良く食事をしていて、その側では革命軍の幹部とブレゴンラスドの精鋭騎士が乾杯している。侍従や革命軍の下っ端が忙しなく走り回っていて、それをチェラズスフロウレスの侍従たちが手伝ってくれている。そしてそんな大騒ぎの中心にいるのは、結婚を控えた息子のゴーラとその婚約者のアネモネ。二人の目の前にはチェラズスフロウレスの王女ネモフィラと、見た事のない少女二人と、娘のプラーテ。
笑顔が絶えないこの光景にレックスは驚き、時間が止まったかのように動きを止めたが、それは他の者も一緒だ。傷心旅行に行った王族や侍従や騎士も同じで、まったく意味が分からないと言葉を失う。そんな彼等に気がついて、プラーテが「パパー!」と笑顔を向けて元気に駆け出せば、レックスたちに視線が集まった。そして、自分が留守の間に国で起こった奇跡を耳にした。
◇◇◇
ミアの勝利で終わった決闘の祝勝会も終わり、客人をもてなす為の部屋で説明が終わると、レックスは大きく息を吐き出した。
「事情は理解した。聞いただけでは信じられん事ばかりだ。龍神様の封印を解き、使役の契約を結んでしまうとは。しかも、その少女が“聖女”様か……」
今この場にいるのは、ミアが“聖女”と知る者だけ。但し、革命軍は誰もいない。宴の後は全員牢屋の中に入れられたからだ。革命軍が宴に参加できたのはミアのおかげで、それが終われば罪人として牢に入れられる。ただそれだけの事だ。
さて、ミアの正体をブレゴンラスドの王レックスに教えたのは、プラーテが父親相手に気が緩んでいる時にうっかり喋ってしまうかもしれないから。もし万が一にでも隠している事を知っている者がその場にいなかった時に、大騒ぎになってしまう原因になると考えたからだ。そしてこの事実は、革命軍の事よりもレックスは驚いた。“聖女”が現れたという事実は、それ程に衝撃的だったのだ。
「ワシは聖女ではないのじゃ。それに先に言うておくが、龍神とやらは勝手にワシに従うとか言っておるだけで、契約なぞしておらぬ。あんな大きなペットはいらぬのじゃ」
「ペット……」
「うふふ。ミアはうさぎが好きなのです」
「うむ。飼うならうさぎが良いのじゃ」
ミアとネモフィラが微笑み合い、この場にいる者たちが冷や汗を流す。ここにクリマーテがいれば笑いを堪える姿があっただろうが、彼女はこの場にはいない。彼女はチェラズスフロウレスに一人で報告の為に帰って行ったのだから。
「そう言えば、クリマさんは大丈夫かのう? まさかアンスリウム殿下が家族を殺す計画を練っておったとは」
「はい。でも……わたくしはまだ信じられません。アンスリウムお兄様がそんな事をしていたなんて……」
「でも、これで分かったわ。ネモフィラを何度か殺そうとしていたのはアンスリウムだったって事でしょう?」
「……何故だ? 何故なんだアンスリウム。何故お前が…………」
「ウルイ……」
アネモネが俯き、サンビタリアが腕を組んで眉間にしわを寄せる。ウルイは現実が受け入れられずに肩を落とし、アグレッティも顔を曇らせた。そんな中で、アネモネだけは顔色一つ変えずに静聴していた。そんな彼女を心配して、ゴーラが「アネモネ?」と話しかけると、アネモネはゴーラに心配させまいと控えめに微笑んだ。
「私は……私は何となくそうではないかと思っていました」
「アネモネお姉様……」
「サンビタリア姉さんが貴女の命を狙っていないと分かった時、可能性があるのはアンスリウムだけだったもの。ランタナは貴女と本当に仲が良いし、私も違うでしょう? なら、アンスリウムしかいないじゃない」
「それは……そうかもしれませんけど…………」
「それにね。アンスリウムは――って、これは今話す事でもないわね」
アネモネが眉尻を下げて話を終わらす。ネモフィラは言葉の先を知りたかったけど、気持ちを抑えた。ここは自国や自分の身の内話をする場所ではないからだ。
二人が会話を終わらすと、視線はミアに集まる。
「な、なんで皆でワシを見るのじゃ……?」
「革命軍に与える罰を、勝者である聖女様に託そうと考えています」
「ああ。母上や私ではラティノを……革命軍を止める事が出来なかった。勝者である君にこそ彼等を罰する権利がある」
「この国の王である私からもお願いする。聖女様、我が娘ラティノを……いえ。革命軍である罪人たちに裁きをお与えください」
「え? 嫌なのじゃ。自分たちの国の事くらい自分たちでなんとかせい」
「プラーテもミアちゃんにさんせー。パパもママもお兄ちゃんもお家の事を誰かに任せちゃダメなんだよ。アネモネお姉ちゃんが言ってたでしょ? 関係無い人を巻き込んじゃダメって」
アネモネが聖女の代弁者として言った言葉。プラーテはしっかりそれを覚えていて偉い子だ。プラーテの言葉にレックスとスピノが目を丸くして驚いて、ゴーラが苦笑した。
「ははは。そうだな。プラーテ。お前の言う通りだ。すまないな。ミア。これは我々の問題だ」
「うむ。プラーテ、ありがとうなのじゃ」
「ううん。気にしないで? だって、プラーテもこの国の王女さまなんだもん」
まだ幼いプラーテだからこそ誰よりも純粋で、そして、とても立派。ミアとプラーテが笑い合い、この場にいる全員が微笑んだ。




