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龍神国に聖女が舞い降りた日(9)

 話は少しさかのぼる。ミアとゴーラは溶岩の中で白金の光を放つ透明な壁にはばまれて、先に進めない状況におちいっていた。のだけど……。


「ミア。馬鹿な真似はよせ。龍神様の封印を解いて先に進むなんてあり得ない」

「しかしのう。ここにこれがあると言う事は、この先に処刑場がある事は間違いないのじゃ」

「そうかもしれない。けど、封印を解いてしまえば大変な事になる」

「ワシも封印は解いてしまわぬ方が良いと思ってはおる。じゃが、今は一刻の猶予もないのじゃ。それに帰り道も溶岩の中で右も左も分からぬゆえ分からぬのじゃ」

「ま、まさか君はここまで適当に進んでいたのか……?」

「当然なのじゃ。ワシは生まれて初めて溶岩の中を移動しておるのじゃ」


 何を偉そうに威張って言っているのか知らないが、ミアは殴りたくなる程に自信満々のドヤ顔。本気で聖女とは思えないこのアホ……じゃなくてミアに、ゴーラは頭を抱えた。と言うか、本気で死ぬ覚悟を始めたまである。


「と言うわけで、封印を解いて先に進むのじゃ」

「いや。それは待っ――ああああああああ!」


 止めようとしたけどもう遅い。ミアは“と言うわけで”と言った時には既に行動に移していて、“進むのじゃ”の時には封印を解いてしまっていた。この聖女、判断と言うか行動が早すぎる。

 ゴーラの絶望の叫びが聞こえた直後に、目の前で溶岩が爆発するように弾けて、わずかな間だけ空洞が出来上がる。そしてその時に目に映ったのは封印されていた龍神で、十メートル以上はあろう巨大なドラゴンだった。溶岩が空洞を埋めるように流れていく中で、ミアとゴーラはドラゴンと目がかち合う。


「ま、ままま不味い! 逃げるぞ!」

「何を言うておる。処刑場に行く為に進むのみじゃ」

「え……? ま、待て。待ってくれえええええ!」


 ミアがゴーラの腕を掴み、ドラゴンがいる方向へと飛翔する。すると、ドラゴンが自分の横を通り過ぎて行く二人に向かって、口から灼熱の光線を吐き出した。ミアはそれを軽やかにけてみせたが、ゴーラは顔面蒼白を通り越して死んだ魚の目をして失神。ミアは「仕方が無いのう」と呟いて、そのままゴーラを引っ張りながら溶岩の中を突き進んだ。そしてそんなミアをドラゴンが見逃す筈も無く、凄まじい衝撃が発生する程の咆哮ほうこうを放ち追いかけて来た。


「ぬぬう。溶岩が視界を邪魔してミミミピストルで狙えないのじゃ。これは逃げるしかないのう」


 ドラゴンに追われているというのに呑気なミア。しかし、呑気なだけあって流石の回避能力。背後から迫りくるドラゴンの猛攻を全て余裕でかわして進んでいき、遂に溶岩からの脱出に成功した。のだけど、脱出したその直後。


「「きゃああああああ!」」


 突然近くから二人分の悲鳴が聞こえて視線を向ければ、溶岩に向かって落下しているサンビタリアとアネモネとプラーテの姿が。どうやら追ってきたドラゴンを見て悲鳴を上げたようで、その顔は真っ青だ。アネモネが血だらけだったりと気になる事もあるが、今はそれどころでもないので一先ずそれは置いておく。ミアは急がねばと、死んだ魚の目をしたゴーラの体を揺らした。


「ゴーラ殿下起きぬか! しっかりせい! アネモネ殿下が溶岩に落ちそうなのじゃ!」

「――っアネモネ!」


 流石はアネモネを心から愛す男。ゴーラはアネモネと聞いて直ぐに正気を取り戻して羽ばたいて、プラーテごとアネモネをお姫さま抱っこで抱き上げる。ミアはサンビタリアを背中でおんぶして、ゴーラと一緒に崖の上まで上って地面に降りた。すると、その場にいる全員が驚いた。しかし、それもその筈だろう。

 驚くには色々な要因がありすぎる状況なわけだが、なによりも一番はミアの存在。ミアは背中から白金の輝きを放つ翼を羽ばたかせて降り立ち、サンビタリアを無事に地面に降ろすと、目を奪われるような可憐かれんな微笑みを見せたのだ。その姿はまさに聖女そのもの。誰もがその姿に魅了されて言葉を失ったのは言うまでもない。そして、気を失っていたブレゴンラスドの騎士の何人かも目を覚ましていて、ミアのその姿に痛みを忘れて見入った。しかし、一人だけそうで無い者がいた。それはスピノだ。

 やはりどんなに他者に酷く残酷な者であっても、母である事には変わらないのだろう。スピノはミアではなく、無事にこの場に戻って来た我が子プラーテを見ていた。


「ああ。プラーテ! 私のプラーテ!」


 スピノはプラーテの無事を喜び、今直ぐにでも抱きしめようと駆けだした。だけど、途中で足を止めてしまう。恐怖で顔を強張こわばらせ、視線はプラーテではなく、その背後……崖下からミアたちを追いかけてやって来たドラゴンに向けられていた。


「そんな……何故龍神様が? まさか、封印がけたと言うの?」


 スピノが恐怖で体を震わせて動けなくなったが、それはスピノだけではない。この場にいる全員が恐怖し、一歩も動けなくなってしまう。大口を叩いていたルーサも同じだ。想像を絶する恐怖で動けなくなっていた。だけど、ミアだけは違う。自分を追ってきたドラゴンに振り向いて、ニヤリと余裕の笑みを浮かべた。


「陸地に上がればこっちのものなのじゃあ!」


 ミアの目の前に白金はくきんに輝く魔法陣が浮かび上がり、その中心にミミミピストルの銃口をぴたりとくっつける。ミアの背中から生えていた白金に光る翼がその輝きを増し、膨大な魔力がミミミピストルに集束されていく。


「ドラゴンや。お主が相手であれば、出力の調整は必要あるまい」

「――っ!」


 ミミミピストルから白金の光の弾丸が放たれて、それはドラゴンの全身を覆い尽くす程の巨大な光となり、ドラゴンを呑みこんだ。光が消えると、ドラゴンは白目をいて溶岩の中へと落ちていく。

 目の前で起こった信じられない光景に、呼吸をするのを忘れて時が止まったかのように呆然と立ち尽くす者たちが続出する。ミアが聖女だと知っている者でさえ、それは何も変わらなかった。神々しさ。そして、圧倒的な強さ。ミアはこの場にいる全員に聖女としての力を見せつけたのだ。

 のちに、この日“ブレゴンラスドに聖女が舞い降りた日”と語り継がれる事になるが、それはまた別の話。

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