龍神国に聖女が舞い降りた日(8)
キラが執念で放った魔装の湯気が、プラーテを崖下の溶岩に向かって放り投げ、王妃スピノが絶望の声を上げた。助けを求めるも、ブレゴンラスドの騎士や精鋭騎士は気を失っていて、動ける者は僅か数人。その数人もヒルグラッセが縄を解いたほんの一握りで、チェラズスフロウレスの騎士だけ。今まで散々痛めつけられ、殺される直前だったのだ。誰が憎きブレゴンラスドの王妃スピノの娘を助けようとすると言うのだ。誰も動くわけがない。短い間とは言え温泉街まで一緒に行動していた相手と言えど、同情はしても自分の命を張るには至らない。それは当然の事だった。
だけど、助けようとする者がいた。それはミアの侍女長ルニィだ。ルニィは未だに縄で縛られていて、ヒルグラッセに縄を解いてもらったわけでは無い。だけど、それでも駆け出した。幼き少女には何の罪も無く、殺されるところを黙って見過ごすなんて出来ないから。しかし、やはり駄目だ。縛られた状態では動き辛く、こんな地面が整備もされていない場所でまともに走れるわけがない。駆けだすも直後に躓いて転がり、その間にもプラーテは崖下に落ちていく。ルニィは自分の無力を呪った。だけど、その直後に、ルニィを追い越して走る二人の人物。
「「間に合って!」」
二人が同時に叫んで崖に向かって跳び、落ちていく。それを見て、チェラズスフロウレスの王ウルイと王妃アグレッティが顔を真っ青にさせた。何故なら、その二人がサンビタリアとアネモネだから。
二人は手足を縛られていた。だけど、アネモネはゴーラと繋がりのある騎士のおかげでいつでも縄を解ける状態にあったので、飛び込むと同時に解いていた。でも、サンビタリアは違う。サンビタリアはルニィのように縛られながらも駆け出したのだ。
崖に跳び込むと、サンビタリアは一緒に落ちるアネモネを見て驚いた。
「アネモネ!? はあ……。バカね。死んでしまったらゴーラ殿下が悲しむわよ。って、何であなたは縄が……って、言ってる場合では無いわね。それよりこの縄を解いて頂戴。このままでは何も出来ないわ」
「まさか何も考えずに跳びこんだの? まったくもう。そう言う感情だけで動く所は本当に変わってないのね。それに姉さんこそ、死んで罪を償うなんて事をしたらミア様が悲しむわよ」
アネモネは文句を言いながらもサンビタリアの縄を解き苦笑する。そして、二人は先に落ちていたプラーテに追いつき、一緒に抱き寄せた。
「サンビタリアお姉ちゃん! アネモネお姉ちゃん!」
「大丈夫。何があっても絶対にあなただけは護ってみせるわ」
「ええ。姉さんも私もプラーテが大好きだもの」
サンビタリアとアネモネはプラーテを安心させようと話したが、助かる為の策があるわけでは無かった。二人とも魔装を使えるが、この状況下で役立つものではない。サンビタリアに至っては、天翼会に制限をかけられて魔装をまともに使えないまである始末。だけど、せめてこの子だけでもと、プラーテを助ける方法だけを考えた。しかし、状況が状況だけに、そんな暇さえ与えてくれない。
「大変! 溶岩が膨らんでるよ!」
「そんな!? アネモネなんとかしなさいよ!」
「無理! 私だって体が勝手に動いて何も策なんて無いわ!」
「はあああ!? 馬鹿なの!?」
「姉さんに言われたくない!」
もうめちゃくちゃだ。こんな時に噴火を起こそうとしているのか溶岩が膨らんで、今にも噴水の如く飛び出してきそうな勢いを見せているのに、始まった姉妹喧嘩。二人とも頭がパニックを起こしていて、動揺して焦る気持ちを隠せていない。プラーテもそんな二人を見てもう駄目なんだと思い、怖くなってアネモネを強く抱きしめた。そして、無情にも膨れ上がった溶岩が遂に弾け、三人は呑み込まれ――ない。
「ぬおおおおおお! やっと抜け出せたのじゃああああ!」
大声を上げて突然現れたミア。膨れ上がって弾けた溶岩からミアが飛び出して、三人の前に現れたのだ。そしてその背後には、死んだ魚の目をしたゴーラの姿も。まさかのミアとゴーラの登場に、溶岩に向かって落下しているのも忘れて、サンビタリアとアネモネは言葉を失った。
そして――
「ミアちゃんとゴーラお兄ちゃん! わあ! おっきなドラゴンさんもいるよ!」
さっきまで怖がっていたのにミアとゴーラを見て安心したのか、プラーテの顔からは恐怖の感情が消えていた。そして、驚き乍らミアとゴーラの後方に指をさす。その先にいるのは、迫り来る十メートル以上はあろう巨体のドラゴン。その姿は古い文献や書物に描かれていた龍神と変わらず、一目で分かるその正体。サンビタリアとアネモネは顔を真っ青にさせて、恐怖に任せて「きゃああああああ!」と悲鳴を上げた。




