龍神国に聖女が舞い降りた日(6)
ヒルグラッセを狙うヴェロと爪糸。四方八方から狙われて、更にはキラの操る湯気に足を掴まれ、避ける事も逃げる事も出来ない状況。しかし、ヒルグラッセは口角を上げていて、その顔は諦めていない。
「サイコロステーキの出来上がりだぜ!」
ヴェロが爪を振るい、ヒルグラッセが受け止める。しかし、やはり駄目だ。ヒルグラッセは目視出来ない程に細い爪の糸の餌食になり、バラバラと崩れていった。それを見て、捕らわれているチェラズスフロウレスの侍従たちの中から悲鳴が聞こえた。ヴェロはニヤリと笑みを浮かべたが、直後に目を見張った。
「っ違う。あの女じゃねえ! 石だ! キラ! 女を捜――――」
「ぐべぁ……っ」
ヴェロがキラに向かって大声を上げて注意を促そうとしたが、もう遅い。そこにはヒルグラッセの姿があり、今まさに振動の剣でキラを斬り払った所。キラは体から血飛沫を上げ、白目を剥いてその場で倒れた。
いったい何が起きたのか? それは、ヒルグラッセの操る土属性の魔法が答え。全てはあの時、魔法で地面から岩の噴水を放った時から始まっていた。ヒルグラッセはあの時に魔法で自分の分身を作り出し、己は地面に潜って身を潜ませていたのだ。
つまりヴェロが相手にしていたのは土と石で作られた人形。だから、先程上手に刻まれたサイコロは、おままごとで使われるような幼稚園児御用達の泥団子のようなもの。まんまとヒルグラッセに騙されたわけだ。
ヒルグラッセは背後で倒れるキラには目もくれず、剣身にこびりついた血を払って地面に落とし、構えた。
「ぶっ殺してやらああ! 女あああああああ!!」
(同じ手が通用するような相手ではない。ならば、後は真正面から斬るだけ!)
爪の糸が無数に飛び交い、ヒルグラッセはそれを切り払いながら突き進む。右から左から上から正面からと何度も何度も繰り出されるそれは凄まじく、受け止めきれずに傷を増やしていく。しかし、ヒルグラッセは足を止めない。前へ前へと突き進み、その剣を振るうのみ。
「どうやら、貴様のそれは魔力と体力を相当食らうようだな」
「――っち」
剣と爪が激しくぶつかり、甲高い音が鳴り響く。
ヒルグラッセの指摘は当たっていた。魔装と言う兵器は強力なものだが、強力であればある程それを使う為に魔力や体力を使うのだ。もちろんどんな魔装かにもよるので、その違いは千差万別だが。
ヴェロの魔装の爪の糸は両方とも消費が激しく、だからこそ簡単には使わないものだった。その為ヴェロの動きは完全に鈍っていた。ヒルグラッセも疲労が激しいが、護るべき者たちの為に負けないと言う強い意志が、その体を突き動かしている。この違いは大きいと言える。
「くそっ。こんな三下騎士の女なんかに!」
「ヴェロ! 何をやってるの! そんなゴミ直ぐに殺しなさい!」
「出来たらしてる! 黙――っ!」
「これで決める!」
剣と爪がぶつかり合った直後に、ヒルグラッセが魔法で鋼鉄を生み出し、それで己の剣を押し出す。剣が押し出された事でヴェロの爪を弾き、ヒルグラッセはヴェロの胸元目掛けて蹴りを入れ、剣に魔力を収束させる。ヴェロは蹴られた事で背後に吹っ飛び転がって、地面に膝をついて体をよろめかせた。まさに絶好のチャンス。今のヴェロは隙だらけで、防御する余裕なんてない。
ヒルグラッセは駆け出して、三歩程の距離まで縮めると、止めを刺すべく剣に集束した魔力を解放し乍ら振るった。
「この俺がこんな――」
「あー! やっと見つけたー!」
「――――っ!?」
後少し。本当に後少しだった。だけど、それは届かない。
突然ヴェロの背後に現れたプラーテ王女。ヴェロが吹っ飛んで転がった先は処刑場の入口で、ヒルグラッセが剣を振るった瞬間に現れたのだ。ヒルグラッセの魔力を込めたその攻撃は威力が高く、このまま振るえばプラーテを巻き込んでしまう。だけど、それは絶対に避けなければならない。だから、ヒルグラッセは剣を振るうのを止めてしまった。
ヒルグラッセが動きを止めて隙を見せ、その瞬間をヴェロは逃さない。爪を伸ばせば届く距離にヒルグラッセがいるのだから、小細工なんて必要ない。爪を振るうだけで勝敗が決まる。ヴェロの下卑た笑みがヒルグラッセの目とかち合い、振動を放つ爪が振るわれた。
「――っが……ぁっ」
「俺の勝ちだ。そのまま死んじまいな! ハハハハハハハハ!」
ヒルグラッセが爪に斬り裂さかれ、その場に倒れる。ヒルグラッセは薄れゆく意識の中で、驚きに目を見張って目尻に涙を溜めたプラーテの姿が見え、無事である事に安堵して意識を失った。




