聖女の天敵
交換日記の為に旅館に戻って来たミアたち一行は、到着するなり早速交換日記を探し始める。そこ等中で上がっていた炎はまだ消えきっておらず所々で揺らめいているが、旅館の炎は殆ど消えていた。だからと言って無事なわけではなく、建物は崩れて酷いありさま。そこ等で煙が上がり未だに油断は出来ない状況だ。そしてそんな場所で、ミアとミントに見守られながら、メイクーと一緒に交換日記を探すネモフィラの姿があった。クリマーテの姿は既に無く、二時間以上も前に別れている。
「ミア様は一緒に探さないの……ですか?」
「うむ。ワシはミントを、メイクーはフィーラを、周囲を警戒して護る為に役割分担なのじゃ」
「私の為……。あ、ありがとうございます」
自分の為にミアが側にいてくれている。ミントはそれがとても嬉しくて、でも、ネモフィラに申し訳ないと複雑な感情で控えめに微笑む。しかし、心配する必要は無いだろう。
キャーキャーと騒ぎ乍ら交換日記を探すネモフィラは、そんな事は気にしない。メイクーは自分の近衛騎士だから自分を護るのがお仕事で、ミントをミアが護ってあげるのは自然の流れ。と、そんな風に考えている。
それにネモフィラはまだ六歳になったばかりの女の子だ。恋愛小説を幾つも読んでいるミントと違って、ネモフィラにはまだ色恋沙汰のあれやこれやは早いのだ。さて、そんなわけで交換日記を探すグループと見守るグループに別れているわけだが、この場にいるのはこの二組だけではない。
無事だった人々がそれぞれの理由で集まっていて、ネモフィラのようにもの探しをしていた。
「人が多い……ですね」
「観光客に仲居さん……あそこには女将もおるのう。しかし、チェラズスフロウレスの騎士が一人もおらぬ。やはり全員ブレゴンラスドの騎士に捕まっておるかもしれぬのじゃ」
「……はい。ボーツジェマルヤッガー公爵がいらっしゃれば……こんな事にはならなかったかもしれない……ですのに」
「ボーツジェマルヤッガー公爵と言えば、サンビタリア殿下の派閥で騎士団長じゃったな。アンスリウム殿下だけでは心配だからと、国王が留守を頼んでおったのじゃ」
「そうだったんです……ね。だから……」
チェラズスフロウレスの騎士団長は国に残ってお留守番。本当は騎士団長として一緒に来るべきだったかもしれないが、それは国王がアンスリウムを心配してさせなかった。今回の事件でチェラズスフロウレスの騎士が王を護れずに無力化された一番の理由は、騎士団長と言う一番の統率者がいなかったからとも言える。
「ラスミリィ子爵令嬢は本当にお一人で大丈夫……なのでしょうか……?」
「……誰なのじゃ?」
「え? あ。えと……クリマーテ様の事……です」
「クリマさんなのじゃ? あ。そう言えばそうなのじゃ。いつも名前で呼んでおるからすっかり忘れておったのじゃ」
失礼なミアにミントが冷や汗を流す。と、丁度その時だ。ネモフィラが「ありました!」と大声を上げて、交換日記を高々と掲げた。そして、とても嬉しそうに交換日記を抱き寄せて、中も無事かと開いてページを捲った。それを見てミアとミントは顔を見合わせて微笑んで、ネモフィラに向かって歩き出した。
「ネモフィラ様。見つかって良かったです……ね」
「はい。ご心配をおかけしました。あ。ところで、クリマーテがさっき急いで何処かに行ったようですけど、何かあったのですか?」
「アンスリウム殿下にワシ等の事を知らせる為に、チェラズスフロウレスに向かったのじゃ」
(クリマさんは行く前に説明したのじゃが、よっぽど交換日記が心配だったのじゃな)
などと思っていると、ネモフィラは首を傾げた。
「それでしたら、レムナケーテ侯爵に通信で伝えた方が早いと思うのですけど」
「のじゃ?」
「え?」
ミアとメイクーが顔を見合わせて、メイクーが顔を真っ青にする。
「わ、忘れていました。レムナケーテ侯爵もミア様の派閥の者なので、通信用の魔道具を持っています」
「な、なんじゃとおおお!? は、早くこの事を通信でクリマさんに伝えるのじゃ!」
「クリマーテは持ってません!」
「そうじゃったあああ!」
(別れてから大分時間が経っておるし、クリマさんは馬に乗って行くと言っていたのじゃ。今からやみくもに追っても絶対に追いつけぬ。こうなればサーチライトでクリマさんの居場所を――)
クリマーテの居場所を捜しだして、一人で後を追って連れ戻そうと思ったその時だった。
「白金の光の発生源って本当にここ等辺なのか?」
不意に聞こえた野次馬の声。ミアはビクリと体を震わせて、恐る恐る声のした方へと顔を向けた。するとそこには、今から工事でも始めるのかと言わんばかりの格好をした男女が数人いた。
「姉ちゃんが見たって言ってたし間違いねえよ。きっとあれは“聖女”様だ」
「やっべえな。もし痕跡を見つけ出せたら、世界を揺るがす大発見になること間違いないぞ」
「そうなったら私達も一躍有名人ね!」
「それがきっかけで聖女様と知り合いになって、親密な仲になれるかもしれないしな!」
ミアにとって、これは最悪の展開だった。聖女の光を見たと言う情報に踊らされ、集まってきた者たちの大騒ぎ。ミアはそんな人々から隠れるように、ミントの影に隠れてきょどる。最早サーチライトを使えるような状況ではない。何とも情けない話ではあるが、ネモフィラが捕まった時に見せたあの勇敢な姿は、今のミアからは微塵も感じられない。
(ひいいいい! 怖いのじゃあ。あやつらは天敵なのじゃ! 見つかったら祭り上げられてしまうのじゃあ!)
聖女ミアの天敵……それは、戦いにおいて実力のある手練れではなく、ただの野次馬だった。




