聖女の本気(2)
ネモフィラを捕まえて連れて行こうとしている革命軍は全部で八人。十強と比べて人数は少ないけど、全員が一目で分かる手練れの男たちで、屈強で頑丈な体を持つ龍人。魔力の残留を垂れ流している者しかいない。つまりは全員が天翼学園の卒業生だと言う事で、魔装所持者だ。
「さっきの子供もいるぞ。仲間を連れて来たのか?」
「仲間と言っても子供。どうやって先回りをして来たのか知らないが、後々面倒になるのもごめんだ。この二人も捕まえるぞ」
リーダー格と思われる男が告げると、六人がミアを囲って魔装を取り出す。どれも剣や槍などの見た目でよくあるタイプの魔装だが、一目で実力者だと分かる隙の無さ。不思議な事に、革命軍の幹部である筈の十強よりも洗練された強さが見えた。
「お主等……革命軍では無いな?」
「――っ」
ミアの言葉は核心をついていたのだろう。囲う六人の内の二人が動揺し、一瞬だけ怯む。そして、その二人が同時に動いた。
「悪いが暫らく寝てもらう!」
「子供だとて容赦はしない!」
電流を帯びた剣と氷の槍がミアを襲い、ミアはそれを軽々と避ける。更には、流れるような動作で襲いかかってきた男たちの額に銃口を当てて、発砲。その動きには無駄が無く、ミアが腕を振るっただけにすら見えて、まるで同時に二人の男が撃たれたかのような錯覚を周囲に見せる。そして、零距離で白金の弾丸を額に受けた二人の男は、白目を剥いてそのまま倒れた。
「な、何が起きた!?」
あまりにも呆気なく、あまりにも一瞬の出来事に一人が動揺を見せ、ミアはそれを逃がさない。動揺を見せた男に銃口を向けて白金の弾丸を撃ち昏倒させると、更にはネモフィラを捕まえていた男に向かって撃つ。
同じように動揺をしていたのだろう。男はミアに銃口を向けられた時に慌てた様子を見せたが、次の瞬間には白目を剥いて倒れていた。
「そういう事か! この子供が噂のチェラズスフロウレスの隠し玉だ! 例の要注意人物! 第三王女の近衛騎士だ! 子供だからと言って甘く見るな!」
リーダー格が大声を上げ、残っていた三人が一斉にミアに跳びかかる。触れてしまえばただでは済まない炎の刃に、分身して剣筋を読ませず錯乱を誘う水の刃に、斬撃が飛翔する風の刃。その動きはどれも隙が無く、並の者であれば一溜まりも無くあっという間にやられてしまうだろう。しかし、全ての攻撃を躱し、その都度に発砲するミアに敵う者は一人もいない。ミアの圧倒的強さに一掃され、全員が白目を剥いて無力化された。
「ば、馬鹿な……。我等はブレゴンラスドの精鋭部隊だぞ……」
「ほう。聞く手間が省けたのじゃ。やはり革命軍では無かったのじゃ」
「しま――っくぅ!」
リーダー格は失言したと動揺を見せ、ミアは白金の弾丸を額を狙って発砲したが、寸でで剣で防がれる。だけど、完全に防がれたわけでは無い。剣は受け止めたと同時に折れて頭を弾丸が掠めて、ダラッと血が流れた。
リーダー格は焦りで額に汗を滲ませたが、戦意を失ったわけでは無い。二メートルもあろう大剣を出現させ、それをミアに向かって手加減なしで本気で横に振るった。それはまさに殺気がこめられた一振りで、触れてもいない数メートル先にある岩が真っ二つに斬れてしまう程の威力。
(下手に避けたらミントが危ないのじゃ)
ミアは避けずに今まさに自分を真っ二つに斬り裂こうとしている大剣に向かって発砲……では無い。ミミミピストルの銃口で大剣を受け止めて、更にはそれを右足で踏み、地面に叩きつけた。
「――っなんだと!?」
こんな華奢で小さな少女のどこにそんな力がとリーダー格が驚愕。その間にミアは一瞬で近づき、零距離で額に白金の弾丸を撃ち込んだ。今度ばかりは防ぐ事が出来ずにリーダー格も昏倒して、八人全員を気絶させたミアはネモフィラに駆け寄った。
「怖かったであろう? 遅くなってしまってすまぬのじゃ。どこか怪我をしておらぬか?」
「…………わたくし……」
「どこか痛むのじゃ?」
「わたくし、感動して心臓が止まってしまいそうです!」
「うむ……?」
ミアにとっては予想外なネモフィラの反応。ネモフィラは目をこれでもかと言うくらいに輝かせて、動揺を見せたミアと目を合わせると、驚きの連続で硬直していたミントに視線を向けた。
「ミントも見ましたか!? ミアの素晴らしいご活躍を!」
ネモフィラに話しかけられると、ミントが漸くハッと我に返って、ネモフィラ同様に目を輝かせる。
「み、みみみいみみい見ぃまし……た! とってもかっこ良かった……です!」
「はい! やっぱりミアは“王子さま”です!」
「げ、元気そうで良かったのじゃ……?」
暫らくの間、興奮したネモフィラとミントに抱き付かれて、ミアは困惑を隠せなかった。そして冷静になって思うのだ。
(大変なのじゃ。結構な大勢に魔法を使っている所を見られてしまったのじゃ)
今更そこを気にするんかい。って感じのミアは、そこ等に倒れている男たちと同じように白目になって、そして絶望する。ただ、これは余談になるのだが、ミアの心配は一先ず必要無さそうだ。ミアは確かに大勢の前で魔法を使ったし、それは大きな騒ぎを生んだ。しかし、悪運が強いのか、ミアの顔を見た者は一人もいなかったのだ。
理由は単純に全員がそれどころでは無い状況で起きた事だから。目の前で戦いが繰り広げられ、逃げ延びた先では建物が燃えて恐怖に震えているのに、白金の光を使う知らない少女一人に注目するわけがない。使う直前や瞬間を見なければ直ぐには分からないし、当然と言えば当然な事でもあった。
この騒動は聖女誕生の噂を少しだけ助長するだけに留まった。何より白金の光を見ただけで、直後に町が救われる事態が起きたわけでも無いので、聖女誕生を確信するまでには至らなかったのだ。
人々の認識では、突然白金の光が全身を包み込んで、その白金の光の中心には少女らしき人物がいた。程度のもので、少女と言ってもそれは眩い光でハッキリとせず、ただそう感じたと言うだけ。とは言え、そんな人々の認識を知る術は当然のように今のミアには無く、暫らくの間は悩みの種になるのは間違い無かった。




