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狙われた王族

 話は少しさかのぼり、ミアが飛び出して行った後の事。旅館の玄関口に残っていたネモフィラとミントの目の前には、驚くべき人物が顔を出していた。


「アネモネお姉様!? 捕まったのでは無かったのですか!?」

「え? なんの話かしら?」


 驚くべき人物とはアネモネの事だ。アネモネは外傷どころか服の乱れすら何も無い状態で旅館に帰って来た。その隣にはゴーラとプラーテの姿もあり、ネモフィラやミントと侍従たちは驚きを隠せなかった。


「何かあったのか?」


 ネモフィラたちの驚く顔を見てゴーラが説明を求めると、ネモフィラたちは何があったのか説明する。そして、その時にとある事に気がついた。

 傷だらけで報告に来た騎士の姿がいつの間にか消えていたのだ。しかも、それをゴーラに話すと、耳を疑うような情報が流れてくる。前戦となっている町の外郭では激しい戦闘が行われているのだが、少なくともゴーラたちが駐屯地を出る頃にはまだ戦場はそこまで広がっていなかった。駐屯地から旅館までの往復だけであれば危険は無かったと。

 つまりはアネモネが駐屯地にプラーテと一緒に向かっていたとしても襲われるような状況でも無いし、駐屯地で戦渦に巻き込まれる事も無い。駐屯地ではゴーラと合流して、戦闘が始まったと知って旅館まで避難して来たので一度も革命軍と会う事は無く、ましてや護衛の騎士が傷だらけになるような状況は一度たりともなかった。


「では、あの騎士はいったい…………」


 ネモフィラは不安になって胸の前で拳を握って抱き寄せる。アネモネはミアが助けに行った事を知り、ミアの無事を祈った。


「チェラズスフロウレス王と王妃はどこに? 出来れば貴女方チェラズスフロウレスの者達には早急にこの町から出て戦場から離れて頂きたい。その為に話がしたい」

「お二人は騎士を集めて駐屯地へ向かう準備を始めています」

「そうか。なら丁度良い。案内してくれ。王族しか知らない抜け道を使って、今直ぐに町の外へ行ってもらう」

「――っ!? ま、待って下さい! ミアがまだ戻って来ていません!」


 ゴーラの申し出は普通に考えれば当たり前の事で、チェラズスフロウレスの王族を護る為には必要な事だった。だけど、それはこの場にいないミアの存在を完全に無視していて、ネモフィラには無視出来る事ではない。


「悪いけど、君達王族を優先する」

「嫌です! それならわたくしも残ります!」

「王族でも無い少女たった一人の為に、アネモネやその家族を危険に晒したくないんだ。分かってくれ」

「わたくしにとってミアだって大切な家族なのです!」

「ゴーラ様。私からもお願いします。ミアを見捨てないで下さい」


 アネモネが見捨てないでと言った途端に、ゴーラは少し驚いた顔をして、ため息を一つ吐き出した。


「すまない。勘違いさせてしまったんだね。私が彼女を見捨てるわけがないだろう? 抜け道は君達だけで行ってもらって、私はミアを助けに行く。だから、君達は安心して町の外へ逃げてほしい」

「では、ゴーラ様はミアを連れて来てくれるのですか?」

「当然だろう。ミアは王族ではないから君達と比べて優先度は低くなってしまうけど、だからと言って放っておいていい事にはならない」

「ありがとう存じます!」

「ゴーラ様……。ありがとう」


 アネモネがゴーラに抱き付いて、ゴーラが顔を赤くして直ぐに離す。


「皆が見ている前だぞ。アネモネ」

「私ったら……」


 アネモネは頬を赤く染めて顔を背ける。でも、直ぐに真剣な面持ちで言葉を続ける。


「お父様の所まで案内します」

「ああ。たの――」

「逃がさねえよ!」

「――っ!?」


 不意に聞こえた謎の声。そしてその次の瞬間には、アネモネの目の前にいたゴーラが勢いよく吹っ飛ばされた。


「――っあぐ……っ」

「ゴーラ様!」


 ゴーラが数メートル先の壁に激突して床に転がると、アネモネが慌てて駆け寄った。


「なんだかよく分からねえ事になってるが丁度良い。チェラズスフロウレスの連中がひいふうみい……あぁ。数えんのだっる。どうでもいいか」


 現れたのは、アンスリウムと同じくらいの年齢の龍人の少年。目をギラリと光らせて、床に転がったゴーラには目もくれず、ネモフィラたちを見てニヤリと笑む。

 あまりにも突然の出来事に驚いていたメイクーは、その笑みで我に返ってネモフィラの前に出て剣を抜いた。


「何者だ!」

「ああ? オレを知らねえのか? ショックだなあ。有名なのは国内だけってか。まあいいや。てめえは第三王女ネモフィラ=テール=キャロットの近衛騎士メイクーだったか? 魔装ウェポンを使うんだってな? 教えてやるよ」


 少年が両手を前に出し、両手の手の平から魔装ウェポンが飛び出す。それはフリスビーのような形をしているチャクラムだ。


「オレは革命軍副隊長サウル=ナイト! 表に出な! そこで相手をしてやるぜ!」

「表に……? 随分と律儀ね」

「ふん。文句でもあんのか?」

「まあ良いでしょう。ここでの戦闘は多くの人を危険に晒します。その提案に乗ってあげるわ」


 敵の提案とは言え、悪い条件なわけでも無い。そう言う事であればと、直ぐに外へと移動を開始しようと出入口に向かって歩き出した。しかし、その時だ。


「きゃあああああ!」

「か、革命軍だあああああ!」

「わああああああああ!」


 館内のあらゆる方向から聞こえ出した悲鳴や叫び声。爆発の音や窓が割れる音。館内が大きく揺れて、そして、ここにも武装した集団が次々に現れて、アネモネやネモフィラたちを襲い始めた。


「これは――っ!? ネモフィラ様!」


 メイクーは多少なりとも話が分かる相手だとしてサウルを見てしまい、その軽率な行動と油断でネモフィラを危険に晒す事になってしまった。メイクーは焦り、直ぐにネモフィラに襲いかかった男を斬り払い、ネモフィラの前へと立ってサウルを睨みつける。


「これがお前達のやり方か!? サウル!」


 この時、サウル自身もこの状況に動揺していたが、怒りで冷静さを失っていたメイクーは気付くはずも無かった。

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