十強現る
闇夜を星々の煌きが照らし、町を幻想的に映し出す。しかし、それは町の外に行くにつれて姿を消し、戦乱の渦に包まれていく。ブレゴンラスドの騎士と革命軍の戦いは住民や観光客を脅かし、阿鼻叫喚と惨状をつくる。ここは、湯けむりの町スモークドロップ。外郭を取り囲むように攻め込んだ革命軍によって、逃げる事の許されない戦場と化していた。
(アネモネ殿下が捕らわれた場所は町の南側にある工場の倉庫の中じゃと言っておったな)
ミアはこの戦場の中を一人で駆け抜けていた。理由はもちろんアネモネが誘拐された場所を聞いたから。侍従たちが止めるのを振りきって、ミアは単身で走り出したのだ。
ヒルグラッセは旅館を飛び出したミアを追おうとしたが、追いつけるはずもない。何故なら、ミアは光を扱える聖魔法を使う聖女。光の速度で移動が可能で、光に追いつける者などいなくて当然だからである。
(しかし、困ったのう。南にある工場とは聞いたけど、思っていたより工場の数が多いのじゃ)
ミアは工場の一つの屋根の上に飛び乗って、腕を組んで顔を顰める。そして、直ぐに真剣な面持ちで足元に白金に輝く魔法陣を展開する。
「サーチライトなのじゃ」
白金の光が一瞬で周囲を照らし、闇夜の町が一瞬だけ昼間のように明るくなる。もちろん町では突然の白金の光に驚く人が続出するが、それは今はどうでもいい事。今大事な事はアネモネの居場所なのだから。しかし、ミアは首を傾げた。
(アネモネ殿下がおらんのじゃ? どう言う事なのじゃ?)
ミアの魔法サーチライトは白金の光を放って人捜しの出来る探知魔法。魔力を込めれば込める程に範囲を広げて確認が出来て、工場のあるここ等一帯に光を放った。しかし、その魔法でアネモネの居場所を突き止める事が出来なかった。
(魔法の範囲が足りんかったのじゃ? 一応工場区域全体には光を散布した筈なのじゃが……。ぬぬう。考えていても仕方が無い。ならば範囲を広げて――ぬぬ?)
もう一度魔法を使おうとした時だ。ミアが立つ工場の向かい側にある工場の倉庫の出入口から、革命軍が何人も現れた。その中にはヴェロキラ兄弟の姿もあり、ミアにもそれが革命軍だと直ぐに分かった。
ミアは工場の屋根の上にいて気付かれておらず、一先ずは身を隠して様子を窺う。
「なんだ今の光は!? 騎士どもの姿はあるか!?」
「ないな。それに今の光、白金じゃなかったか?」
「俺も思った! ただの光じゃ無かった!」
「おいブラザー落ち着けよ。それにてめえ等もだ。海外で白金の光を見たって噂が流れてるくらいだ。それがここでも起きたってだけだろ」
「ヴェロの言う通りだ。だが、そうなるとこの近くにその原因がいる可能性が高いな」
「ああ。作戦まで時間があるし捜してみるか?」
「やめとけ。白金の光の正体が、もし噂の聖女だったらどうする? どう考えてもかかわるべきじゃねえ。それよりも駐屯地のお姫さんだ」
「違いねえ。あの能天気な姫を捕まえて、ついでにチェラズスフロウレスの王女で祝杯をあげようぜ」
「そりゃあいい。俺はあの“裸の王女様”って痴女がいい。お前等あの女を見た事はあるか? 俺は学園で何度も見たが、いい体をしてやがるんだ。ありゃあ躾がいがある」
「へえ。副隊長が連れて行った部下どもに、チェラズスフロウレスの王女を一人捕まえて来いって命令して正解だったな」
ヴェロキラ兄弟を含めて全部で十人。彼等が革命軍の幹部【十強】で間違いない。ミアは屋根の上から様子を見乍らニヤリと笑んだ。
(ほう。と言う事は、アネモネ殿下はここにまだ連れて来られておらんだけと言う事かのう? どちらにせよ確認は大事なのじゃ)
「ミミミ、戦闘モードに移行じゃ」
ミミミが髪留めモードから戦闘モードへと姿を変え、ミミミピストルをミアが掴む。狙うは下で会話をしている十強。しかし、ミアは屋根の上から狙う事はしない。確認する為には聞き出すのが一番だからだ。
ミアは屋根の上から飛び降りて、魔道具ワタワタを地面に放り投げて着地する。すると、流石に十強もミアの存在に気がついて何事だと視線を向けた。
「あああああ! 兄者! あの生意気な女と一緒にいたガキだよ!」
「何故ここにこのガキがいやがる!?」
「へえ。こいつがお前が報告した魔装を使ってたって言うガキか」
「むむ? なんじゃ。見られておったのか」
あの時に見られていた事に気が付いていなかったミアは少しだけ驚いたけど、それは今となってはどうでもいい事。気にせずワタワタを魔石に戻し、十強以外の革命軍の人員がいないかを周囲を見て確認する。すると、ミアの行動に逃げ場を捜していると勘違いしたのか、ヴェロが笑みを浮かべて魔装を装着した。
「逃げても無駄だぜ。ここは俺達の縄張りだ。こんな所に迷い込んだのを後悔しな」
「別に逃げようなどと思っておらん。ワシはアネモネ殿下を助けに来たのじゃ」
「何……?」
「アネモネ殿下はどこにおるのじゃ?」
ヴェロがキラと目を合わせて、他の者たちもそれぞれ目を合わせて眉をひそめる。その様子にミアが訝しむと、ヴェロがニヤリと笑みを浮かべた。
「ガキ。お前、そりゃあ多分騙されてるぜ」
「なんじゃと? どう言う意味じゃ?」
「さあな。俺達十強全員を倒せたら教えてやる! 今度はあの時みたいな油断は無しだ! 子供だろうが関係ねえ。全力で狩る!」
こんな子供が自分達を倒すなんて出来るわけがないと十強の誰もが笑いだすと同時に、ヴェロがミアに向かって駆けだした。ミアはそんな彼等に呆れてジト目になると、ヴェロに銃口を向けた。
(これが孫から聞いた事のある“わからせ”とか言う展開なのじゃ?)
違います。パッと見はとても鬼気迫る状況なのに、ミアが考えている事は実にくだらなかった。




