騒乱の序開き
未だに忙しくしている国王と王妃に出かけると伝えて、ミアたちは漸くプラーテのいる駐屯地に向かう。一緒に来ていたルーサは、国王と王妃に会いに行く前にシスカが「そろそろ時間ですよ」と一言喋った直後に真剣な面持ちになって別れる事になった。結局駐屯地まで一緒に来ないのかとミアは苦笑したが、ルーサは忙しいから仕方が無いと立ち去った。サンビタリアやランタナとリベイアにも声をかけたけど、大人数でおしかけたら騎士が可哀想だと断られた。だから、プラーテに会いに行くのは幼稚園組の三人と侍従だけ。そうして旅館の玄関へ向かうと、何やら騒ぎが起こっていた。
「何かあったのでしょうか?」
「ちょっと仲居さんに聞いて見るのじゃ」
ミアはテテテと小走りして近くにいた仲居に近づいて行き、くいくいと袖を引っ張る。
「仲居さん。随分と騒がしいようじゃが、何かあったのかのう?」
「え? お、お嬢ちゃんは気にしなくても良い事ですよ」
「ぬぬう。子供扱いせんで教えてほしいのじゃ」
「でも、本当に何でもないから気にしないでね」
まったく相手にしてくれる様子が無く、ミアは「ぐぬぬう」と悔しそうな顔になる。すると、そこへルニィが側に来て、仲居に一礼してから話しかけた。
「子供に聞かせる事の出来ない事が起こっているのでしょうか?」
「――っ。そ、それは……」
「あれ程の騒ぎになっていれば、騒ぎの原因もいずれは私どもの耳にも届く事でしょう。今ここで話さなくとも同じ事だと考えられますが?」
「……申し訳ございません。お客様の仰る通りでございます。実は……」
騒ぎの原因。それは、革命軍がこの町に攻めてきたと言うもの。既に町が戦場になっていて、ここは町の中心のあたりにあるからまだ騒ぎが聞こえてこないが、外郭周辺では大変な事になっているらしい。観光客たちは身の安全が保障されるのかと騒いでいるようで、観光客だけでなく旅館側もパニックになっているようだ。
「ミアお嬢様……」
「うむ。分かっておる。外郭周辺と言えば駐屯地があるのじゃ。アネモネ殿下が巻き込まれていないとよいのじゃが……」
ミアとルニィは急いでネモフィラたちの許へと戻り、騒ぎの原因を説明する。それを聞いてネモフィラとミントや侍従たちは驚愕して、緊張した面持ちになる。プラーテと遊ぶどころでは無くなったのは言うまでもなく、即刻中止。ネモフィラの侍従たちは安全の為に外出禁止を提案し、国王と王妃に知らせに走った。
その場に残ったミアたちは、これからどうするかと話し合う事にした。のだが、事態は急変する。
「だ、誰か……っ。チェラズ……ス…………フロウレスの王を…………っ」
全身に傷を負い、重傷を負ったボロボロ姿の騎士が旅館に入り、その場で倒れたのだ。騒いでいた客の一人がそれに気がついて悲鳴を上げ、周囲にいた者たちも気がついて喧騒は目に見える恐怖に変わって混乱を増す。そんな中、ミアは急いで倒れた騎士に近づいて、その安否を確認した。
「しっかりするのじゃ!」
「き、君は…………っんぐ……っ」
「よかった。死んではおらぬな。今直ぐ回復の魔法を――」
「ミアお嬢様。私がやります」
「――っ。ルニィさん」
ミアが治療を魔法で行おうとしたが、それをルニィが止めた。そして、直ぐに青色の魔石を取り出して、魔石から魔法を発動させる。魔石から飛び出したのは、傷だらけの騎士を覆い尽くせるほどの大量の水。その水は魔力が含まれていて、傷を癒す効果をもたらすもの。これはミアが危険な目にあった時に自分に何が出来るかと考えたルニィが、いつでも治療が出来るようにと持ち歩く事にした魔石だった。
「ルニィさん。ありがとうなのじゃ」
「いえ。私には魔法の才能もないですし、こんな事しか出来ませんので」
ルニィは謙遜したけど、ミアにとっては十分だ。おかげで魔法を使って聖女だとバレるなんて事態も免れた。
ルニィが騎士を回復していると、ネモフィラやミントたちも近づいて来て、傷だらけの騎士に顔を青ざめさせる。
「ミア……」
「身につけておる鎧から察するにブレゴンラスドの騎士なのじゃ。しかし、気になる事を言っておったのじゃ」
「気になる事ですか……?」
「うむ。客が騒いでおったせいで聞き取りにくかったのじゃが、こやつは旅館に入って来た時に“チェラズスフロウレスの王を”と言っておったのじゃ」
「お父様を呼んでいたのですか? で、でも、何故……」
「チェラズスフロウレスの王に伝えねばならぬ何かが起こっておると言う事なのじゃ。厄介な事が起きておる可能性が高いのう」
「そんな……まさか駐屯地でアネモネお姉様の身に何かが起こったのでしょうか……?」
「分からぬ。しかし、それも直ぐに分かるのじゃ」
ミアが答えた丁度その時に、治療が終わって騎士を包んでいた水が消え去る。騎士は治療が終わると直ぐにミアやルニィ、そしてネモフィラを見て頭を下げた。
「助けて頂きありがとうございます! そして、チェラズスフロウレスの第三王女とお見受けし申し上げます! 第二王女であるアネモネ殿下が革命軍に捕えられました!」
「――っそんな!? うそ……。アネモネお姉様が……っ」
騎士から告げられた言葉にネモフィラは絶望に顔を歪め、そして、ミアの顔はいつになく真剣なものになった。
(魔法を禁止しておる場合でもなさそうじゃな)




