聖女も歩けば不良に絡まれる
食事が終わり、プラーテのいる騎士たちの駐屯地に向かう準備をしている時だった。ミアはルニィにお願いして和服に似た着物を着せてもらい、その上から半纏を着た。おかげでご機嫌な様子でニッコニコの笑顔である。と言うのも、これには浅い理由があった。
将来は引きこもりスローライフを送りたいと考えているミアは、引きこもるうえで何を着るのが一番楽かを考えていたのだ。普段身につけているような衣装では面倒で、かと言って実家の民族衣装もだらだら過ごすには可愛すぎて合わない。出来れば簡単に着用可能で着なれた物が良い。そこで思い浮かんだのが、前世でお爺ちゃん時代に好んで着ていた男性向けの着物や半纏だ。
着付け云々の話は一先ず置いておいて、羽織って適当に帯を結ぶだけで済ませればいいと考えているミアには、この二つの組み合わせは完璧だった。シャツやズボンだけというのも考えたが、ミア的にはシャツを着る時も脱ぐ時も長い髪の毛が邪魔で仕方が無いのだ。だけど、着物であれば着る時だけしか気にならない。髪を切ればと思うかもしれないが、ミアにその発想は無かった。と言う事で、実際に着物を着て、その上から半纏を着てみて満足していたわけだ。
(やっぱり羽織るだけの衣装は楽で良いのじゃ)
などと思っているが、始めて着物の着付けをしたルニィとクリマーテはもの凄く疲れていた。実際に男の着物と女の着物は大変さが違うし、それはこの世界でも同じなので二人が苦労したのは当然だ。と言っても、ミアは将来的には男物の着物を羽織って帯ではなく紐で結べば良いくらいにしか思っていないわけだが。因みにミアが上から着た半纏は、ここの地域が暑いのもあって薄い生地で出来たものである。なので、半纏を着てもそこまで暑さは変わらない。
(次は温泉をワシの将来のマイハウスにも作りたいのじゃ。何かヒントになるようなものは無いかのう)
そんな事を思い乍ら、ミアは侍従を連れてネモフィラを迎えに歩き出す。
ミアが着物を着ると言ったら自分も着てみたいと言っていたので、恐らく今頃は侍従たちが苦戦をしているだろう。実際にルニィやクリマーテもそうだったし、なんならミアが着付けの仕方を少し教えていたくらいである。前世で妻の着物やらなんやらで着付け経験が何度もあったので、面倒だと思うくらいで出来ないわけでは無いのだ。ミアにとって着物の着付けは、それこそ適当にやれば出来る程度の事で、そう言う事もありルニィとクリマーテの苦労に気づいていないのもあった。
「げっ」
「ぬ?」
廊下を歩いていると、宴会広場でミアたちに怒ったルーサと呼ばれていた少女とばったり出会う。ルーサは貴族の服を着ていたが、その着こなしはまるで不良。後ろにはルーサを宥めていたシスカと呼ばれていた女性がいて、ミアたちに向かって一礼した。因みに、二人とも龍人特有の角をお持ちである。
「くそっ。クソうるせえガキじゃねえか。今日は厄日かよ」
「さっきは悪かったとは思うとるが、そこまで嫌がる事はないじゃろ」
「あ゛? 喧嘩売ってんのか? ガキだからって何もされないと思って調子乗ってんじゃねえぞチビ」
「ルーサ様」
「ちっ」
どう見ても喧嘩を売っているのはルーサだが、ミアはとくに気にしない。なんなら反抗期の子供を見るように微笑む余裕を見せるまである。
それが気に食わなかったのだろう。ルーサはミアを睨みつけて、胸ぐらを掴む勢いで近づいた。
「何をヘラヘラと笑って――っ」
ルーサの言葉を遮るように、ヒルグラッセの剣とシスカの長剣が目の前で甲高い音を鳴らして交わった。ミアに敵意を向けたルーサに対して、ヒルグラッセが牽制のつもりで剣を抜いて、それを牽制と捉えなかったシスカが長剣を振るって受け止めたのだ。
「ミア様に害を及ぼすのであれば、次は本気で振るいます」
「申し訳ないけど、私もルーサ様に仕える身として、それを黙って見ているわけにはいかないわね」
ヒルグラッセとシスカが睨み合う。しかし、それはミアが間に入って止めた。
「よさんか。ここは旅館の中なのじゃ。荒事は外でするのじゃ」
「しかし、ミア様に明らかな敵意を向けています。黙って見過ごすわけにはいきません」
「見過ごせなくても旅館の中では駄目なのじゃ。仲居さんに迷惑をかけてしまうのじゃ」
「そんな事を言ってる場合では……」
ミアの説得にヒルグラッセが動揺し、そして、それを聞いていたルーサが眉を寄せた。
「……は? じゃあ外なら暴れて良いのかよ」
「うむ」
「うむってお前…………っぷ。ハハハハハッ! 即答かよ。お前面白いな。お前の理屈で言うなら、外でやり合っても迷惑になるだろうが」
「器物破損と人身被害さえ出なければ謝れば良いのじゃ」
「ハハハハハッ! 謝れば良いって……お前馬鹿なんじゃねえの! ハハハハハッ!」
(ぐぬぬう。めちゃんこ馬鹿にされておるのじゃ)
ルーサは一頻り笑うと、ミアに笑顔を向けて手を差し出す。
「気に入った。友達にしてやるよ。オレはルーサだ。お前は?」
ミアは差し出された手を取って握手して、ルーサがニッと笑みを浮かべる。まるで少年のようなその少女を不思議に思いながら、ミアは自分の名前を告げた。




