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お箸を持つのは難しい

「おお。久々の和食なのじゃあ!」

「わしょく……? よう食ではないのですか?」

「っあ。そうじゃそうじゃ。妖食なのじゃ」

(あっぶねええのじゃあ! と言うか、ワショクっぽいのにヨウショクって呼び方が違和感めちゃんこあるのじゃ)


 相変わらず油断するとボロが出るミア。そんなミアの目の前に置かれたのは、和食に似た妖食の数々。昔ながらの日本で出るような料理だった。

 ここは、ミアたちが泊まっている旅館の宴会広場。宴会広場は大きな部屋で、畳がかれていて和をこれでもかという程に感じる空間である。そして宴会広場と言うだけあり、ここにはミアたち以外の観光客などもいて、貸し切りと言うわけでは無かった。

 さて、それはそうとだ。ここに来る途中でランタナとリベイアとも合流して、みんなで一緒にご飯をと集まった。そうして夕食を食べる為に机を囲って座っているのだが、ここでは椅子を使わず座布団ざぶとんの上に座るので、ミア以外の面々はもの凄く戸惑っていた。


「私は何度かこの形式で食事をした事があるのだけど、やっぱり慣れないわね」

「お姉様は経験があるのですか?」

「ええ。天翼学園で何度かね。それより、私はミアが経験あった方が驚きだわ」

「はい。わたくしもです」

「確かに。ちりめんじゃこの食事会の件といい、ミアは妖人の国の食文化を知っていたのかい?」

「わ、ワシは……ほれ。色んな事を独学しておったじゃろ? だからなのじゃ」

「わあ。流石ミアですね」

「ええ。とても素晴らしいわ」

「君のそう言う所は見習った方が良いよね」


 ネモフィラとサンビタリアとランタナの三人が微笑んで褒めるが、内心ドッキドキに焦るミア。これ以上は余計な事を言うまいと、すんごく必死である。


「ところで、ミア様のその座り方も妖人の国のものなのですか?」


 リベイアが不思議に思って尋ねたミアの座り方。それは日本人なら誰でも知っているであろう正座である。


「ミアお嬢様はルニィに怒られている時いつもしてる座り方ですね」

「クリマーテ」

「っあ。も、申し訳ございません」


 ついうっかり横から口を挟んだクリマーテは、ルニィに睨まれて顔を青く染める。クリマーテの横入りや主であり聖女であるミアへ対してルニィの怒ると言う行動は、普通であれば多少問題になってしまうものだが、最早周知の事実なのだろう。それをとがめる者は一人もおらず、苦笑するだけ。唯一違う反応を見せていたのはヒルグラッセだけで、相変わらず冷や汗を流していた。


「座り方などどうでもええのじゃ。さっさと食べるのじゃ」


 手を合わせて「いただきますなのじゃ」と言って食事を始める。それを見て、ネモフィラとミントは同じようにして食事をしようとしたが、ここで問題が起きてしまった。


「フォークとナイフが無いですね」

「は、はい……。私の所にも無い……です」

「本当ですね。私の所にもありません」


 ネモフィラとミントに続いてリベイアが困惑して首を傾げたが、別に置き忘れられているわけでは無い。何故なら、三人の目の前にははしがしっかりと置かれているからで、箸を使った食事を知らないだけ。


「そうか。私はたまたま妖食を学ぶ機会があったから知っていたけど、三人は知らないのか」

「ランタナ様は何か知っているのですか?」

「うん。リベイアの目の前にも置かれている二本の棒があるだろう? それは箸と言って、それを使って食事をするんだよ」

「まあ。これを……?」


 ランタナの説明にリベイアが驚いて箸をまじまじと見る。もちろんネモフィラとミントもそれを聞いていたから、自分たちの目の前に置かれた箸を見て、興味津々とそれを手に取った。


「ミア。ミアはこの箸と言う道具の使い方を――っ!」


 その時、ネモフィラはミアの見事な箸さばきを見て、驚きのあまりに言葉を失った。しかし、それもその筈だろう。ミアは前世で八十まで生きたお爺ちゃんで、箸で食事が当たり前の日本人なのだ。小豆だって箸で掴めちゃうくらいには、熟練と洗練を兼ね備えているプロフェッショナルなのである。


「ミア様。凄い……です」

「本当ね。今まで箸での食事を何度か経験した事があるけれど、私はそこまで器用に扱えないわ」

「はい。流石はミア様ですね」

「本当だね。ミアは何をしても優秀だね」


 ミントに続いてサンビタリアとリベイアとランタナが褒めると、ミアは箸を掴む自分の手を見つめた。


「このくらいは子供の頃からやっておるしのう。別に普通なのじゃ」

「子供の頃……?」


 はい。五歳児の子供の頃っていつだよ? って感じのミア。またもや失言である。でも、心配ご無用。疑問に思って復唱したランタナだけど、結局はいつものミアだとして聞き流した。そしてそれは他の者たちも一緒で、とくに気にする様子は無い。おかげでミアは自分の失言に気がつかずに、良い事を思いついたとでも言いたげな顔で笑顔を向ける。


「使い方が分からぬならワシが教えてあげるのじゃ」

「本当ですか? 嬉しいです」


 ミアの提案にネモフィラが笑顔になり、他の者たちも習おうと集まってくる。ミアのお箸教室が始まった。のだが、その時だ。


「っるせえ連中だな」


 不意に聞こえた苦言。視線を向ければ、食事をしている少女がミアたちを睨んで舌打ちした。


「ルーサ様。お行儀が悪いですよ」

「あ゛? シスカだって聞こえてただろ。キャーキャーキャーキャーうるせえのをよ。あいつ等のがよっぽど悪いだろうが。こっちはせっかくの休暇だってのによ」


 年齢はアンスリウムと同じくらいだろうか? 随分ずいぶんと荒い口調の少女と目がかち合い、ミアは冷や汗を流して、無視せず話しかける事にする。


「すまんのう。食事中にちと騒ぎ過ぎたのじゃ」

「ふんっ」


 少女はそっぽを向いて機嫌悪そうに食事を再開して、少女をなだめていた女性はミアたちに申し訳なさそうに頭を下げた。


(ぬう。悪い事をしたのう。他の客もおるし、気を付けるのじゃ)


 などとミアは反省し、お箸教室は静かに行う事にする。もちろんネモフィラたちも気を付けて、それ以降は少女が怒る事は無かった。

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