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湯けむりの攻防(2)

「邪魔をするなあああ!」


 キラが再び魔装ウェポンから煙を発生させて、煙がメイクーに向かって飛んでいく。メイクーは剣に炎を纏わせて煙を斬り払い、それが何度も繰り返された。


「ちくしょう! 相性が悪すぎる! こんな女なんかに!」

「相性? あなたが弱いだけでしょう?」

「な、なんだとおお! 俺は【十強】なんだぞおおお!」


 メイクーに向かってキラが駆け出し、メイクーはそれを見て弓弦ゆみづるを引っ張り火の矢を放つ。矢は一瞬で届いたがキラは辛うじてそれを避けようとし、左肩に命中した。しかし、それで十分だ。これは魔装ウェポンで放つ特殊な火の矢。刺さった左肩を中心に炎が燃え広がり、キラは炎に包まれた。


「ぐああ……っ!」


 キラは直ぐに温泉の中に潜って全身の炎を消すと、刺さった矢を抜き取ってメイクーを睨み見た。


「ちくしょおおおおお! 俺の方が絶対に強いのにいい!」

「あなたの方が強い? 負けているのに?」

「黙れ黙れ黙れええええええ! お前なんか――」

「……ああ。くそ」

「――っ!」


 キラが悔しさに叫んでいた時。気絶していたヴェロが目を覚まして、ゆらりと起き上がる。


「っあ、兄者あああ! やった! これで生意気なあの女を殺せる!」

「なんじゃと!? なんとまあタフな奴なのじゃ。普通であれば丸一日は目を覚まさん程度の威力を与えたんじゃがのう。それだけ体が丈夫なのじゃ」


 ヴェロが起き上がると、ミアが感心したように声を上げた。メイクーはそれを聞いて緊張した面持ちになって唾を飲み込み、龍人の頑丈な体はやせ細っていても変わらないのだと手に汗を握った。

 聖女であるミアの攻撃を受けて立ち上がる程の相手だ。この分であれば、少なくとも長期戦になってしまう。メイクーはそう感じ取ったのだ。しかし、その心配もいらなくなった。


「ブラザー。俺はどれだけ寝ていた?」

「ほんの少しだよ。一時間どころか三十分も、十分も経ってない」

「って事は、最低でも五分以上は寝てたか」

「そ、それはそうだけど、それがどうしたって言うのさ? 早くあいつ等を殺そうよ!」

「……いいや。ここは一旦引くぞ」

「えええ!? どうしてさ!?」

「どうせ俺が寝ていた後に暴れたんだろ? 五分も経てばこいつ等のお仲間やゴーラが騒ぎを聞きつけて、そろそろここに来てもおかしくねえ」

「ああ。そうか! 流石兄者! 分かったよ!」


 キラが笑みを浮かべて頷くと、それを一瞥いちべつしてヴェロがミアを睨んだ。


(あのガキ。一瞬だが、俺に銃……いや。魔装ウェポンを使いやがったのを見た。何者だ?)


 一撃でやられたとは言え、腐っても革命軍の幹部【十強】。撃たれて気絶するその直前の一瞬で、ヴェロはミアの攻撃に気が付いていた。そして、引き際も手馴れている。ヴェロはキラを連れて、この場から直ぐに退避して行った。直後に騎士やゴーラたちが駆けつけたのだから、意外と有能な退きの良さと言える。


「お疲れ様なのじゃ」

「ミア様。助かりました。ありがとう存じます」


 一先ずの一難は去った。メイクーは警戒を解き額の汗を拭って感謝を述べると、大きく息を吐き出して笑顔を向けた。


「まだまだ力不足ですが、今度こそ賊の手からネモフィラ様を護る事が出来ました」


 思い出すのはミアに命を救われたあの日の事。何も出来ずに死んで、ネモフィラを危険に晒した悔やまれる事件。今回もミアの助けがあったとは言え、それでもこの短い戦いの中で護る事は出来た。メイクーにとって過去の汚点をようやく拭い去る事になるきっかけになったのは間違いなかった。そして、ミアは言葉にはしないものの、心の中で深く考える。


(革命軍の幹部かんぶだか昆布こんぶだか知らぬが、ふんどしの為に本気を出しすぎなのじゃ)


 と。そして、革命軍はふんどしをよっぽど穿きたくないのじゃなあ。とミアは思った。




◇◇◇




 湯けむりの町スモークドロップより少し離れたとある岩山の片隅にて、一人のオカマ……ではなく乙女ケーラと、その部下達が集まっていた。ここは、革命軍の秘密の隠れ家の一つ。革命軍副隊長の一人、ケラリトの隠れ家のある場所だった。


「なんですって!? ヴェロキラ兄弟があの子達を襲撃した!? それは本当なの!?」

「は、はい。サウル副隊長の許可を得たと……」

「あの坊や。勝手な事を」

「ケーラ様。どうします? サウル副隊長は最近益々(ますます)行動が過激になっています。プラーテ様だけは絶対に襲うなと、ラティノ隊長だって言ってるのに……」

「そうね……。一度お灸を……いえ。今はそんな暇は無いわね。それよりも今は革命軍内部に侵入したスパイをどうにかしないといけないわ」

「はい。早く見つけ出さねば、スモークドロップが戦場になってしまいます」

「ええ。あそこにはパパとママのお気に入りのプラーテがいるもの。もし何かあってしまっては、この国が本当に取り返しのつかない事になってしまうわ」


 ケーラは眉尻を下げ、妹プラーテを心配した。その姿を見て、部下達も同じようにプラーテの無事を祈った。こうして、ミアが知らない所で様々な暗雲が立ち込めて、ブレゴンラスドの旅は不穏な空気に包まれていくのだった。

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