湯けむりの攻防(1)
「っはあ! 女ぁ、流石はお貴族様ってとこだなあ。良い面と体だあ!」
ガリガリ二メートルの男がメイクーを見乍ら声を上げ、その次の瞬間に魔装が出現。それは鉤爪のような見た目のもので、男はそれを装着した。続いてお腹が出ている男が籠手の形をした魔装を出現させ、それを腕に装着する。するとその時、プラーテが突然メイクーの前に飛び出した。
「ヴェロお兄ちゃんとキラお兄ちゃん。暴力は駄目なんだよ!」
「プラーテ様。危険です。私の前に出ないで下さい」
「危険じゃないよ。あの大きいお兄ちゃんはヴェロお兄ちゃんで、太ってるお兄ちゃんはキラお兄ちゃん。二人ともパパの侍従の子供だよ。プラーテは一緒に遊んだ事あるの」
「例えそうだとしても今は敵です」
「敵じゃないよ。ね? ヴェロお兄ちゃん。キラお兄ちゃん」
プラーテが心配そうに二人を見たが、現実は残酷だ。ヴェロと呼ばれた男がその鉤爪を構えて、駆け出す。一瞬でプラーテに接近すると、その鉤爪をプラーテに向かって振るった。
「しま――っ!」
メイクーが油断して出遅れたが、鉤爪がプラーテに届く前の瞬間に、ヴェロは白目を剥いてその場に仰向けで倒れて湯ぶねに浮かんだ。それはあまりにも一瞬の出来事だったが、メイクーは直ぐにその意味を理解して、ホッと息を吐き出した。
「ミア様。ありがとう存じます」
「気にするでない。友達が危険な目に合いそうになったのじゃ。当然じゃ」
そう。ヴェロが一瞬で倒れたのは当然と言えば当然の結果。ミアがミミミを戦闘モードに変え、その場で白金の弾丸を放ち、一撃で気絶させたからだ。このヴェロとか言う男、完全なる出落ちである。
あまりにも突然で一瞬の事だから、メイクー以外は何が起きたのか分からない。ルニィも話に聞いた事があるだけで、これ程とは思わず驚愕して息を呑んだ。と言っても、ネモフィラは未だに目隠しをしているので、分からないの意味が違って「何か起きたのですか?」と戸惑うだけ。
「あ、兄者……? 兄者あああああ!? な、何が起こったんだ!? どうして兄者が!? くっそおおおおおお!」
キラが驚き直後に激昂し、籠手の魔装から湯気にも似た白い煙を放出させた。
メイクーも安心ばかりはしていられない。直ぐに驚いているプラーテを下がらせて前に出て、魔装を出現させた。
「おお。アレがメイクーの魔装なのじゃな」
メイクーの魔装は【弓剣】。名前の通りの性能を持ち、普段は剣の形をしているが、弓へと変形する事が可能な魔装である。剣の剣先から柄下までにかけて特殊な弓弦の糸がついていて、それを引っ張る事で変形を可能としている。これによって近接戦と遠隔戦の両方の戦闘を可能としていて、ミアのミミミの状況に応じた変身を元に産まれた魔装だった。
「お前の魔装がどんなものかは分からないけど、私のこの【近くて遠い乙女心】の敵ではないわ!」
このセンス。何やら魔装に可笑しな名前を付けているが、弓剣が正しい名前である。
メイクーは弓弦を引っ張り弓に変形させ、炎の矢が出現する。この矢はメイクーが火の属性の魔法を使うからで、その影響が出ているわけだ。そしてこれを見て、キラはヴェロを倒した相手を勘違いした。
「黙れ! その弓で兄者を! 兄者の仇め! その弓と一緒にお前の体の骨をへし折ってやる!」
キラの魔装から飛び出した煙が、勢いよくメイクーに向かって飛んで行く。それはまるで意思を持っているかのようで、危険を察知したメイクーが火の矢を放つが、それを避け乍らあっという間に距離を縮めてしまった。
「メイクー! その煙に触れてはならん! 物質を掴む力を持っておる! 触れれば忽ち捕まってしまうのじゃ!」
「――っ! 分かりました!」
「無駄だ! ここは温泉だぞ! 俺の煙と湯気の違いなんてわかるもんか!」
「上じゃ!」
「はい!」
いつの間にか上から接近していた煙を寸でで回避して、メイクーが魔装を剣の形へと変化させて煙を斬る。だけど、やはり煙が相手だからだろう。斬った所でそれは意味をなさず、煙はその場に留まった。
メイクーは念の為にと距離をとったが、追い打ちは来なかった。何故なら、キラが驚き動揺していたからだ。何に動揺していたのかなんてのは単純な事。ミミミを髪留めモードに変化させて魔装の力を分析し、更には魔装の魔力を読み取ってメイクーに教えたミアに、キラは驚いて動揺していたわけだ。
「なんで分かったんだ……? それに、俺の魔装の特徴まで……っあ! まさかあいつ、要注意人物だって言われてたチェラズスフロウレス第三王女の近衛騎士……?」
キラがブツブツと呟いて、その目をギラリと鋭くして光らせる。
「そうか! だから兄者はやられたんだ! お前がその女に何かをさせたんだな! いけ! 白い陰謀! 念の為だ! その子供をまとめて捻り潰せ!」
キラが怒号を上げて煙を操り、煙がミアに向かって飛翔する。だけど、メイクーだって黙って見ているわけでは無い。直ぐに魔法で剣に炎を乗せて、煙に向かって振るい斬る。すると、さっきは斬れなかった煙が真っ二つになり、直後に炎に包まれて消え去った。
「煙を燃やした……!? 普通そんな事が出来る筈ないのに……っ」
「私を甘く見てもらっては困るな。ただの炎であれば消えないだろうけど、この炎は魔装で性質を特殊なものに変えてる。だから、煙だって燃やせるわ」
「くっそおおおおお!」




