マナーを守ろう
温泉街にある男女で一緒に入浴できる混浴温泉では、水着の着用が許可されている。ミアたちが訪れたここは、その中でも若い世代に人気の場所で、カップルたちの人気スポットの場所だった。理由はもちろんある。
昔、ブレゴンラスドの王となる当時は王太子だった少年が、将来妻となる少女と出会ったのがこの場所だった。それがきっかけとなり、ここは【縁結びの湯】として知られていて、一緒に入浴したら結婚出来ると言われているわけである。ミアたちがここを最初に入る温泉として選んだのは、ランタナとリベイアの為だったわけだ。
「お兄様とリベイアは良い雰囲気ですね」
「うむ。それよりも一つ疑問なのじゃが……」
二人きりでゆっくり温泉に入っているランタナとリベイアを、遠くからネモフィラと一緒に覗……見守っていたミアだったが、滅茶苦茶気になる事があった。
「目を隠しておるのに何故良い雰囲気かどうか分かるのじゃ?」
「心の目で見ているからです」
「流石はネモフィラ様ですね」
「そんな明後日の方向に顔を向け乍ら言われても説得力が皆無なのじゃ」
「そ、そんな事はありません。ほら。さっきのお兄様とリベイアのキスだってちゃんと見えていましたよ」
「そんな場面は無かったのじゃ」
と言う事で、ネモフィラは未だに目隠しをしていた。何度も言うが、決してそう言うプレイではなく、下着に見えなくもないミアの水着姿を見ない為の処置である。
「君達さ。いつもいつも覗き見しているけど、他にやる事は無いのかな?」
「――ぬをお!? ランタナ殿下!? いつの間になのじゃ!」
不意にランタナが目の前に現れて、ミアが驚いて声を上げたが、別に驚くような事でも無い。
「いつの間にも何も、そんな大声で話していたら聞こえるから見に来たんだよ。気配を消すなんてまだ出来ないから普通にね」
「はい。私も気になって来ました」
「リベイアもいたのじゃ!? ぬぬう。フィーラ。ここは一旦引くのじゃ」
「え? あ。はい!」
ミアがネモフィラの手を取ってバシャバシャと湯を蹴り上げて駆け出し、ネモフィラも引っ張られながら走り、その後をメイクーが転ばないかと心配しながらついて行った。そんな三人の後ろ姿を眺めながら、ランタナがため息を吐き出して、リベイアは楽しそうにクスクスと笑みを浮かべる。
ミアは二人から見えない所まで離れると、額の汗を腕で拭って「ふう」と息を吐き出した。
「うっかりしておったわ。やはり隠密行動で会話はNGなのじゃ」
「はい。いい所でしたのに……」
(フィーラの妄想ではどんな展開だったのじゃ? いや。それよりもなのじゃ)
「その目隠しはいい加減外さぬか? このままでは絵面的に危険なのじゃ」
「絵面ですか……? でも、これを外してわたくしは勝てるのでしょうか?」
「何と戦っておるのじゃ?」
ミアが頭にクエスチョンマークを浮かべて質問したが、ネモフィラがそれに答える前に、突然背後から抱き付かれて「のじゃあ」と声を上げる。
「な、なんじゃあ!?」
「ミアちゃんはっけーん! フィーラちゃんもおめ目を隠して何してるのー?」
「あ。プラーテがいるのですか? わたくしはこうして自我を保っているのです」
「じが?」
「はい」
「それよりプラーテ。お主、結局水着を着ていないではないか。水着はどうしたのじゃ?」
一応サンビタリアの犠牲によって水着を着せた筈なのに、ミアが言う通りに何故か全裸のプラーテ。プラーテはミアに質問されると、満面の笑み……ではなく、いつになく真剣な面持ちになった。
「ミアちゃん。温泉は裸で入るのがマナーなんだよ」
「――っ!?」
プラーテの言葉にミアが驚愕し、そして、一歩後退った。
「そうじゃ。その通りなのじゃ! ワシも脱――」
「おやめ下さい」
「――っルニィ!? 何故ここにおるのじゃ!?」
ミアが自分の水着を掴んで豪快に脱ぎ捨てようとしたが、それは突然現れたルニィに止められてしまった。突然の登場にミアは驚いたが、ルニィはニッコリと目が笑っていない微笑みを見せるだけ。ミアはあまりの恐怖に水着を掴んでいた手をそっと離し、視線を逸らして冷や汗を流した。
「み、ミア? 脱いだのですか? それならわたくしも」
「ネモフィラ殿下、ミアお嬢様は水着を着用したままですし、脱ぐ必要はございません」
「そ、そうなのですか? でも、プラーテが裸になるのがマナーと言いました」
「うん。温泉では裸の付き合いが普通なんだよ」
「プラーテ殿下。お言葉ですが、ここは混浴の温泉ですので水着着用が許されています」
「でもぉ……」
「ぬう?」
プラーテが人差し指をくちびるにつけ、視線を逸らした。いや。逸らしたわけでは無かった。プラーテが向けた視線の先。そこには、見知らぬ男が二人。
男は二人とも龍人で、角は無いが尻尾は生えていた。ガリガリで二メートル越えの身長を持つ男と、身長はそれ程でも無いが横幅が広くお腹が出ている男。二人とも水着ではなくタオルを腰に巻いていて、ニヤニヤとした目つきで堂々とミアたちを見ていた。
「兄者。もう我慢しなくていいんだよね?」
「ああ。ブラザー。許可は出た。侍女とガキ共を捕まえて、ガキは上に献上して、侍女は俺達で可愛がってやろうぜ」
「うへへへへ。楽しみだなあ」
男たちの会話を聞き、メイクーがミアたちの前に出る。
「どうやら賊が現れたようですね」
「え? え? 何が起きているのです?」
「敵襲なのじゃ」
「て、敵……っ!?」
「メイクー」
「分かってるわ。ルニィ、ミア様と一緒にネモフィラ様をお願い。ネモフィラ様はミア様の側から離れないで下さい。プラーテ様もおさがり下さい。恐れ多いですが、ミア様はネモフィラ様をお願いします」
「うむ。気を付けるのじゃぞ」
「はい。全力でお守り致します!」
メイクーは答えると、男達と睨み合った。




