変なところで鈍感な聖女
ケーラとアンスリウムを結婚させよう団が設立され、焼貝を食べ終わった後の事。ネモフィラの侍従のルティアがお会計をしている間に、ミアたちはお店の外で他の侍従に見守られながら談笑をしていた。
「うふふ。最初は驚きましたけど、ケーラ様はとても可愛らしいですね」
「あらやだわ。可愛らしいだなんて。ちょっと照れちゃうわねえ」
(うむうむ。性別は関係無いのじゃ。だからワシも漢らしいのじゃ)
ネモフィラが微笑み、ケーラが照れて、ミアが調子に乗っている。そんな三人を横目に、プラーテがふと何かを思い出したかのように首を傾げた。
「そー言えばねえ。プラーテ、ミアちゃんたちと会う前に精霊さんたちに会ったよお」
「精霊さんですか……?」
「うん。えっとねえ……」
プラーテは頷くと考え込み、首を何度も左右に傾げる。そうしてそれが丁度十往復すると、思い出したようで笑顔で答える。
「プリュイちゃんとラーヴちゃん。ジャスミンちゃんの精霊さんだったよ」
「まあ。それは本当ですか?」
「うん。服が消えちゃった時に、うちの寮の生徒がごめんなさいって、謝りに来てくれた時にお友達になったの。だから、会った時にゴーラお兄ちゃんと一緒にお話したの」
「ほう。観光にでも来ておったのじゃ?」
「どこにいらしたのですか?」
ミアに続いてネモフィラが目を輝かせて尋ねると、プラーテは「えっとねえ」と再び考える。だけど、今回は左右に傾げる事も無く、直ぐに答える。
「忘れちゃった」
「ぬぬう。それなら仕方が無いのじゃ」
「残念です。出来れば挨拶だけでもしたかったです」
ネモフィラは精霊たちが気にいっていたから、本当に残念そうに俯いた。すると、今度はケーラが思い出すように話しだす。
「その二人ならアタシも会ったわよ。夏休みの休暇を使って二人で温泉に行くみたいね。温泉まんじゅうをお土産に買って帰るって言っていたわ。でも、今何処にいるかは分からないわね」
「そうなのですね。でも……ミア」
ネモフィラが期待に満ちた目めをミアに向け、ミアが笑顔で頷く。
「うむ。それなら温泉街で会えるかもしれんのう」
「楽しみが一つ増えました。うふふ。とっても楽しみです」
「よ、よかったです……ね。ネモフィラ様」
「はい。ミント、ありがとう存じます」
ネモフィラが嬉しそうに笑みを浮かべて、ミアもミントも一緒に笑い合う。だけど、三人の様子を見ていたケーラは浮かない顔をしていた。
「温泉街……? あなた達、温泉街に行く予定なの?」
「うむ。言って無かったのじゃ?」
「ええ。でも……そう。温泉街に……」
ケーラの顔は曇り、何やら不穏気味な表情を見せる。何故突然そんな表情を見せたのか不思議に思い、ネモフィラが「どうかしたのですか?」と尋ねると、ケーラは小さく微笑んだ。
「あ。ううん。なんでも無いの。楽しんでらっしゃい。でも、気を付けて行くのよ」
「はい。ありがとう存じます」
微笑んで答えたケーラに安堵して、ネモフィラが笑顔で頷いた。でも、ミアはケーラのその微笑みが作りものだと直ぐに理解し、不穏な空気を感じ取る。
(何か嫌な予感がするのう。温泉街は楽しみじゃが、この国には革命軍もおるようじゃし、少し警戒をしておいた方が良さそうなのじゃ)
ミアが警戒を強める意思を固めると、丁度そのタイミングでルティアが支払いを終えてやって来た。ケーラは用事があるらしいので、一先ずはここでお別れだ。アンスリウムと結婚する為の活動は、アネモネの結婚式が終わるまでお預けである。
「アナタ達。本当に、くれぐれも気を付けるのよ。それから、アンスリウム様の事を教えてくれてありがとう。おかげでやる気が出て来たわ」
ケーラは別れの最後に笑顔で告げると、背中を向けて走り去った。その背中を見送りながら、ネモフィラは微笑む。
「とても良い方でしたね」
「うむ。アンスリウム殿下も罪な男なのじゃ」
「罪……ですか?」
「モテるって意味なのじゃ」
「うふふ。でも、わたくしは知りませんでした。同性の方に恋をする事はおかしな事ではないのですね」
「それはそうじゃろう。恋と言うものは人によって形が違うのじゃ。異性だけしか好きになってはならぬと言う決まりなんて無いのじゃ」
「では、女の子同士もおかしくないのですか?」
「当然なのじゃ」
ミアが即答して頷くと、ネモフィラがパアッと花を咲かせたように可愛らしい満面の笑みを見せる。
(うむうむ。よっぽどケーラさんの恋を応援したいのじゃなあ。フィーラは良え子なのじゃ)
この聖女、変なところで鈍感だった。




