物忘れが激しい聖女
龍神国ブレゴンラスドに行くには、馬車で港町に行き、船に乗って海を越えていかなければならない。そんなわけで、ミアたちはイチゴポートと言う名前の港町にやって来た。ここはストロベリーフィッシュと呼ばれる魚の漁が盛んな港町で、残念ながら砂浜はなく、海に面している所は全てが船着場だ。
ストロベリーフィッシュは果物の苺のような見た目をしたこの世界独特の魚だ。イメージとしては、苺の蔕の部分が尾で、花托(実)の先っぽの先端に顔がある。種が入っている果実の粒粒は無く、でも、色は鮮やかな赤色。ここイチゴポートの名産として料理にも使われていて、イチゴの様に甘い味……なわけもなく、味は鮭に似た白身魚である。
「凄い! 私、海がこんなにも広いだなんて思いませんでした! それに夕陽がとても綺麗です!」
「わ、私も……です。思っていたより……すっごく広くて綺麗……ですね」
夕陽が水平線の向こう側に沈みゆく中、堤防の道から海を眺め、リベイアとミントが驚嘆の声を上げた。二人にとっての海は初めての経験で、堤防から見える海のその広さに驚きを隠せなかったようだ。どこまでも続く水平線を不思議そうに見るその瞳は、キラキラと揺らいで溢れんばかりに輝いている。そんな二人を見て、ミアとネモフィラはニコニコと笑顔を向けた。
(うむうむ。年相応の可愛い反応なのじゃ。ワシも前世で初めて海を見た時は……うむ。物心つく前だから覚えておらんのじゃ)
流石は前世お爺ちゃんだけあって、過去の記憶が古すぎて覚えていないミア。そんなミアがしみじみとした顔になると、ネモフィラが首を傾げた。
「ミア? どうしたのですか?」
「ちと昔の事を思いだしておったのじゃ」
「昔ですか……?」
「うむ」
五歳児の昔っていつだよ。って感じの発言だが、ネモフィラは去年か一昨年くらいにしか思わず、自分の知らないミアを想像して心を躍らせた。
「昔のミアを知りたいです」
「あ。私も知りたいです」
「わ、私も……お聞きしたいです」
「ほう。お主等。中々に積極的じゃなあ。それなら存分に聞かせてあげるのじゃ。ワシが海釣りに挑戦して――」
「おーい! 食事に行くから早くおいで!」
アホなミアが深く考えず前世の子供の頃に経験した海釣りの話をしようとしたが、それはランタナの呼ぶ声に遮られる。そして、ランタナのナイスなファインプレーのおかげで、ミアは前世の話と言う危険極まりない話をしようとしていた事に気がついて冷や汗を流した。
(――あっぶないのじゃあ。話に流されて危うく転生者だと気付かれてしまう話をしてしまいそうになったのじゃ! ランタナ殿下に感謝なのじゃ)
「ランタナ殿下が呼んでおるし、この話はまたの機会にするのじゃ」
「残念です。ミアのお話を聞きたかったです」
「では、食事の後にお話して頂くのはどうでしょう?」
「賛成……です」
(え? 困るのじゃ)
ミアが焦って動揺したが、ネモフィラとリベイアとミントが期待に満ちた目でミアを見つめられてしまう。そんな目で見つめられてしまったら、チキンハートなミアは「ノー」とは言えない。ミアは観念して頷いて、三人の少女たちは大いに喜んだ。
(ぐぬぬう。こうなったら、この世界で海釣りに行った事にして、なんとか誤魔化す話を考えるのじゃ。嘘の話に本当の話を混ぜれば、きっとそれっぽくなってバレぬ筈なのじゃ!)
と言うわけで、海釣りの話は保留となり、ミアはネモフィラ達と一緒に食事に向かった。そうして向かった先で出た料理は、この町の名産であるストロベリーフィッシュのフルコースだった。
ストロベリーフィッシュを薄切りにした魚肉を乗せた海鮮サラダ。ストロベリーフィッシュ以外の魚介類をふんだんに使った透き通って綺麗な海鮮スープ。他国から取り入れたサクサクの衣の食感を味わえるストロベリーフィッシュの天ぷら。綺麗に彩られ、目でも楽しめるストロベリーフィッシュのムニエル。デザートは果物のイチゴのアイスで、どれも美味しい料理ばかり。それ等が順番にテーブルに並べられていき、ミアは料理を楽しんでいった。
「ふむふむ。初めて食したが、鮭っぽい味じゃのう」
「ミアは初めて食べたのですか?」
「うむ。お城では今のところ食べておらんし、高級魚じゃからワシの住んでいた村には仕入れられんからのう。それにまだ旬の時期では無いのじゃろう?」
「そうなのですか?」
ネモフィラが質問しながらランタナに視線を向けると、ランタナは口の中に含んでいた料理を飲み込んでから頷いた。
「そうだね。ストロベリーフィッシュは夏から冬の時期にはチェラズスフロウレスの海域にいないんだよ。それに初春の“丑の月”は旬の時期ではあるけど少し早い。ストロベリーフィッシュが一番美味しいのは、私達が丁度試用入園に行っていた“寅の月”と“卯の月”だからね。こうして美味しく食べられるのは、ここがストロベリーフィッシュの名産地だからなんだよ」
「まあ。そうだったのですね。お勉強になりました」
「私も知りませんでした。うふふ。ランタナ様は聡明でいらっしゃいますね」
「は、はい。流石は王子様……ですね」
リベイアとミントに褒められて、ランタナが嬉しそうに微笑みを見せた。
「確かに美味いのじゃ」
そう言ってミアはムニエルを一口食べて、美味しそうな顔で口を頬張った。そして、海釣りの話をしなければならない事をすっかりと忘れていたミアは、この後苦し紛れなお話をする事になるのだが、それはまた別のお話。




