温泉は皆で入った方が楽しい
「ミアは将来お家に温泉を作りたいのですか?」
「うむ」
(もちろん引きこもる上で娯楽は欠かせないからなのじゃ。じゃが、引きこもり計画は秘密じゃ。そこは伏せておいた方が良いじゃろう)
などと考えているミアだが、アホなので交換日記にばっちり“引きこもり計画”と書いている事を忘れている。
さて、そんなわけで只今馬車に乗って船のある港町に向かっている途中。アネモネの結婚式の為に、遂にブレゴンラスドへの冒険は始まったのだ。そんな旅路でこの馬車に乗るのは、“ミア”“ネモフィラ”“リベイア”“ミント”の四人とミアとネモフィラの侍従たちだけである。ランタナは女の子だけの空間だから遠慮すると言って、国王たち家族と同じ馬車に乗っていた。因みに、アンスリウムは予定通り城に残り、サンビタリアは謝罪も兼ねてで国王と同じ馬車で一緒に来ている。
「ミア様は温泉がお好きなのですね」
「入ると気持ちがええからのう。リベイアもブレゴンラスドの温泉街でその良さをワシと一緒に堪能するのじゃ」
「はい。ご一緒させて頂きます」
「え? い、一緒……っ!?」
まさかの一緒に温泉発言に、ミントは驚き目を見開いた。どこに驚く要素が? と思うかもしれないが、これは仕方がない事。何故なら、ミントは未だにミアが他国の“王子さま”だと思っているからだ。とは言え、これは良い機会。ミントに真実を伝える絶好のチャンスである。
「何を驚いておる。そんな事ではフィーラやランタナ殿下とも一緒に温泉に入れぬぞ」
「……え? ランタナ殿下も……ご一緒するの…………ですか?」
「せっかく混浴温泉があるのじゃ。皆で一緒に入った方が楽しいじゃろう? その為に水着も用意して来たのじゃ。お主にも今朝渡したじゃろう?」
「あ。そ、そう言えば……そう……でした」
と言うわけで、残念ながらミントが真実を知る事なく話が終了。水着に着替えるならミアの正体が男の子だと周囲にバレないだろうと、ミントは安堵のため息を吐き出した。まあ、ミントは五歳児なので分からないかもしれないが、普通水着なんて着たら物によっては直ぐに男だとバレてしまうだろう。と言っても、ミアは中身がお爺ちゃんでも体は女の子だ。ミントが心配してもしなくとも問題無いわけだが。
「温泉と言えば、余裕をもって結婚式に向かうので、温泉街に先に行っても良いみたいですよ。ミア、良かったですね」
「うむ。そうなんじゃよお。港から温泉街の近くの港まで船で行って、温泉街でゆっくり温泉に入って休んだ後に王宮に向かうと聞いたのじゃ」
「そうなのですか? 結婚式が終わった後に行くものだと思っていました」
「わ、私も……です」
リベイアとミントが驚くと、ミアが得意気な顔になって答える。
「クリマさんが国王に進言してくれたのじゃ。結婚式の後はアネモネ殿下も忙しくなって、温泉にはついて来れなくなるだろうから、最後の家族との思い出作りも兼ねて先に行ってはどうか。とのう」
「まあ。それは素晴らしい提案ですね」
「は、はい。さ、流石は……ミア様の侍女……です」
ドヤ顔ミアからクリマーテに視線を移し、目を輝かせるリベイアとミント。二人の幼き少女から尊敬にも似た眼差しを向けられたクリマーテは、頭をかきながら照れくさそうに笑みを浮かべた。
「お父様とお母様もクリマーテを褒めていました。わたくしもアネモネお姉様と思い出が作れるから、とっても感謝しているのですよ」
「お、恐れ入ります。でも、私はただ、ミアお嬢様が凄く温泉を楽しみにしていたので、少しでも早く入れるようにと考えただけなんです。結婚の日取りもこちらに予定を合わせてもらえると聞きましたし。でも、アネモネ様を利用してしまった様で、実は少し後ろめたくて……」
「うふふ。クリマーテは正直ですね。でも、どんな理由でも感謝の気持ちに変わりはありません。ありがとう存じます」
「ネモフィラ様……。私には勿体無いお言葉を下さってありがとうございます」
聖女であるミアの侍従をしているクリマーテであっても、やはり普段面と向かって話さない王女のネモフィラが相手では緊張していたのだろう。嬉しさのあまり感極まって目を潤ませてお礼を言った。だけど、これは仕方がない事。
今更な話ではあるが、ミアの侍従は全員がどの派閥にも属さない者が選ばれていた。クリマーテもそれは例外ではなく、両親がどの派閥にも入っていなかったので、クリマーテもそれは一緒だった。しかし、クリマーテはネモフィラの派閥に入りこそしないものの、ネモフィラのファンだった。ネモフィラはチェラズスフロウレスの王族の中でも人気が高いだけある美少女で、派閥関係なくファンが大勢いる。つまりクリマーテはそのファンの内の一人だったと言うわけだ。と言っても、今はミアの侍従の日々が楽しくて、今ではすっかりミアにどっぷりハマっているわけだが。でも、だからと言って、それでネモフィラに何も感じないわけでは無い。こうして面と向かって褒められたら、嬉しくなるなんて当然だったわけだ。
「うむうむ。クリマさん、良かったのう」
「はい。ミアお嬢様」
ミアとクリマーテが微笑み合い、それを見た他の皆も笑顔になった。




