第三王女の提案
サンビタリアはネモフィラを王にと告げると、穏やかな笑みをネモフィラに向ける。ネモフィラは驚きを隠せず、国王と王妃に視線を向けるも、二人も言葉を失う程に驚いていた。
「ネモフィラ。あなたがこの国の王として必要なものを、私が国を出る前に全て教えるわ」
「ま、待って下さい。わたくしは……わたくしはまだ引き受けるとは言っていません。それに、それではアンスリウムお兄様はどうするのですか?」
「さっきお母様が私の考えを言っていたでしょう? アンスリウムには悪いけど、今でも私はあの子が王に相応しい器だと思えないの」
「何故そう思うのですか?」
「女の勘かしら?」
そう言って可笑しそうに笑みを浮かべるサンビタリアに、ネモフィラは目をパチパチと瞬きさせて驚く。国王は深く息を吐き出して、真剣な面持ちをサンビタリアに向けた。
「私は一度お前を突き放して傷つけた過去がある。だから、その考えを止める権利はない。お前が望むのであれば言う通りにしよう。だが、しかしだ。サンビタリア。アンスリウムにもそうだが、聖女様にはなんと説明するつもりなのだ?」
「時がくればそのまま話そうと思うわ」
「時がくれば……か…………」
「でも、当事者になるネモフィラは別。あなたの意思を無視するのは違うと思ったのよ。それだと昔の私と何も変わらないでしょ? だから、こうして確認する為にここに呼んだのよ」
「お姉様……」
ネモフィラは考えた。今まで自分が受けた事や、ミアのおかげで変わった姉の事。国王も王妃もサンビタリアもネモフィラの答えを待った。暫らく時間が流れると、ネモフィラの考えは漸くまとまった。
「お姉様。わたくしと勝負をしませんか?」
「勝負……?」
「はい。ミアがお姉様を許しても、わたくしはどうしてもお姉様を許したくありませんでした。今でもお姉様は嫌いです」
「ふふ。ハッキリ言うのね」
「当然です。いっぱい嫌がらせされたのです。そう簡単に好きにはなれません。でも、だから勝負をするのです。勝負の内容は、わたくしとお姉様のどちらが王太子にするかです。アンスリウムお兄様に王太子になられるか、王太子になった方が負けと言うルールです」
「なった方が負けなの?」
「はい。相手を王太子にした方が勝ちなのです。だって、わたくしもお姉様もお互い王太子にはなりたくないでしょう? だから、負けたら責任を持って、王太子としてお父様とお母様を支えるのです」
ネモフィラの提案にサンビタリアが瞬きして驚き、楽しそうに微笑する。だけど、国王は驚いた後に動揺を見せ、口を出さずにはいられなかった。
「ネモフィラ。それではまるで王太子になる事が罰のようではないか。そんな事は私が――」
「あら。いいじゃないですか。貴方。私はネモフィラの考えを尊重してあげたいと存じます」
「――な、何を言うんだアグレッティ」
「うふふ。こうなったのも元はと言えば貴方が、ウルイが昔アンスリウムを王太子にしたいと何も考えずに我が儘を言いだしたのが原因なのですよ?」
「私は別に何も考えていなかったわけでは――」
「あら? 考えた結果が子供たちを争わせるきっかけを与えて、挙句に罪を作らせてしまったこの状況なのですか?」
「そ、それは……」
「自分の事を棚に上げて、娘たちの望みを聞いてあげないだなんて、なんて自分勝手な独裁者なのでしょう。まさか、夫のウルイがこんな自己中心的な王だなんて存じませんでした」
「むう……」
国王は肩を落としてため息を吐き出す。最早返す言葉も無いと言った表情だ。
「分かった。しかし、この事はここにいる四人だけの秘密だ。アンスリウムにはもちろんだが、サンビタリアの言う通り、時がくるまでは聖女様にも内緒にしてくれ。いいな?」
「はい! もちろんです。お父様。わたくしも最初からそのつもりでいました」
「いいわよ。どうせアンスリウムに言っても怒るだけだろうし。でも、そうね……。それとは別で、私とネモフィラで勝負するって事なら、ネモフィラに一つ条件があるわ」
「条件ですか? なんでしょう?」
「さっきも言った事だけど、あなたが王になる為に必要な教育は私がするわ。謝罪をしなきゃいけないから、空いた時間にする事になるけど、それは私の頑張り次第でどうにかなるもの。一応先に言っておくけど、私が王太子になったら意味が無いから嫌だってのは無しよ」
「分かりました。その代わり、お姉様はミアが与えた罰を絶対に疎かにはしないで、必ずやり遂げて下さい。それが条件です」
「当然よ。勝っても負けても恨みっこなしよ」
「はい。それに……わたくしもこれで漸くお姉様と真っ直ぐ向き合えそうです。嫌がらせを受けた分を、全部この勝負でお返しします。覚悟して下さい」
「ええ」
二人で睨み合い、そして、可笑しそうに笑い合う。
ネモフィラが心の内に秘めていたサンビタリアへのモヤモヤな思いは漸く消えていく。だけど、手加減するつもりは無い。ネモフィラはサンビタリアを必ず王太子にしてみせると決心した。




