第一王女の提案
お帰りなさいパーティーが終わった後の事。サンビタリアが家族会議室に国王と王妃、それからネモフィラを呼び出した。ここにミアの姿は無い。サンビタリアは今はミアには聞かせたくない話だと言って、三人を呼び出したのだ。
「何!? いずれは国を出て行くつもりだと……? サンビタリア、それは本気なのか?」
「ええ。聖女様には悪いのだけれど、それが良いと私は思っているのよ」
「それが……それが貴女の出した答えなのですね」
「はい。お母様。王女だとしても、罪を犯した罪人を野放しにする国だなんて、やっぱりおかしいもの。あの事件の関係者や民への謝罪は続けるわ。でも、それが終わったら、私はこの国を追放と言う形で出て行く。そうする事で、子へ対して甘い判断だと思われてしまっているお父様への不信感も消える。全員が納得とはいかなくとも、このままずっと国に残るよりは絶対に正しいと私は思っているわ」
サンビタリアが穏やかに笑みを浮かべて話すと、王妃は目を伏せる。そして、悲しみを我慢するように、震えた声で「分かりました」と頷いた。国王は俯き頭を抱えて深いため息を吐き出す。だけど、ネモフィラは納得出来ずに、眉尻を上げてサンビタリアを睨み見る。
「待って下さい、お姉様! お姉様はミアの推薦を受けて王太子になるのではないのですか?」
「ごめんなさい。ネモフィラ。あなたも聖女様と一緒にわたくしを王太子にする為に応援してくれると言ってくれたのに。でもね、もうこれは決めた事なの」
「そんな……どうしてですか? お姉様は……お姉様は今度はミアの気持ちを裏切るのですか?」
ネモフィラが睨んだまま目尻に涙を浮かべる。だけど、サンビタリアは首を横に振るって、真剣な面持ちをネモフィラに向けた。
「私はね。聖女様の言葉がとても嬉しかったのよ。嫌がらせをしていた私を庇って、私の気持ちを酌んでくれた。本当はね、この国の王は聖女様こそが相応しいと思っているの」
「では、お姉様はミアを王にしたいのですか?」
「いいえ。そうではないの。この国の王として必要な血を聖女様は持っていない。だから、聖女様を王にする事は出来ないわ」
「サンビタリアの言う通りだ。だが、お前の言う正しいとは何だ? 私の為だと言うなら、そんな事は気にしなくてよいのだ。聖女様も言っていただろう? お前が、サンビタリアがこの国の王として相応しいと。それでは駄目なのか?」
「貴女は今もアンスリウムが王に相応しくないと考えているのでしょう? では、何故他に王太子候補のいないこの国を出ようとするのですか? 貴女を見ていれば、その言葉に偽りがない事くらい分かります。そして、この国に嫌気がさしてしまったとも思えないのです」
「当然よ。私は昔からこのチェラズスフロウレスと言う国が大好きだもの。私にとって、何よりも大切な国だわ」
サンビタリアは目を閉じて深呼吸を一つして、国王と王妃と目を合わす。そして、最後にネモフィラに視線を向け、柔らかく微笑んだ。
「あなたにもたくさん嫌な思いをさせてしまったわね。ごめんなさい」
「お姉様。わたくしは……」
「困らせてしまったわね。謝罪なんてしても、あなたが私に負わされた心の傷は癒えないと言うのに」
眉尻を下げて悲しい表情を見せるサンビタリアに、ネモフィラは戸惑いを見せる。すると、そんなネモフィラにサンビタリアは微笑んで、国王に視線を移した。
「さっき聖女様がルニィと一緒にやったように、民に偽りを伝えればいいの。私が謝罪を終わらせた後、お父様は私が謝罪を途中で放棄したと民に知らせて、それを理由に国外に追放すると。そうする事で、民の怒りは全て私に集まって、厄介者だから国を追放されて当然だと思われるでしょう?」
それはパーティーに乱入したミアが、ルニィを貴婦人として変装させて茶番を繰り広げた事からヒントを得たサンビタリアの考えだった。あの時のミアは自分に嫌悪の気持ちが集まるように演技した。それは、サンビタリアにとって申し訳ない程に悔しくて、自分こそがやるべき事だと感じる出来事だった。だけど、あの場であれを演技だと言えば、それこそミアの面目を潰す事になる。だからこそサンビタリアは黙り、そして、それをヒントに民たちの恨みを背負って国を出る事を思いついたのだ。
「私に、お前の父である私にそれをしろと言うのか? 聖女様が罪を償う機会を与えて下さったのに、それだけでは償いきれぬとお前は考えたのか?」
「ええ。民と向かい合い、謝罪をしに行く事で色々な事が私にも見えたわ。チェラズスフロウレスの王になれないのは残念だけど、でもね、誰がこの国の王に本当に相応しいのかは分かったわ」
「民と接する事で貴女は何かを感じ取ったのですか?」
「ええ。そうよ、お母様。この国の王に相応しいのは、お披露目会以降その姿を見せ、民から愛されるようになったネモフィラよ」
「わ、わたくし……っ!?」
まさか自分の名が出るとは思わずネモフィラは大きく目を見開いて驚き、サンビタリアが柔らかく優しい微笑みを向けた。
「ネモフィラ、あなたがチェラズスフロウレスの王になりなさい」




