お別れの挨拶
天翼学園児童部試用入園幼稚舎組の一日は、楽しいで始まり楽しいで終わる。勉強も魔法を上手に使えるように練習するだけで、お披露目はあってもテストは無かった。試用入園と言うのは、あくまでも天翼会側がしっかりと運用出来るかどうかの確認の為に存在している。わけなのだけど、それだけでも無かった。
一番の目的は聖女を学園に通わせる為。聖女の情報を集める事こそが真の狙いであり、全てだった。しかし、この計画の状況はあまりよくなかった。理由は多々あるが、一番は幼い子を預かる事の難しさだ。
躾の行き届いた礼儀正しい王族や貴族の子供たちが集められたと言っても、子供は子供。たった三ヶ月の短い間と言えど、想像以上に大変なのだ。ホームシックで夜泣きする子もいれば、とんでもないイタズラをして学園の機材を壊してしまう子もいる。その他にも色々あり、天翼会側もお手上げな状態だった。正直、聖女の情報を集めている余裕が無いと言うのが本音である。
長いようで短かったそんなこの試用入園も、いよいよ最終日を迎える。試用入園卒園式の後に寮で行われる卒園パーティーが終われば、ミア達は国に帰る時間だ。パーティーが終わって、最後に皆の前でお疲れ様の挨拶をするジャスミンの話を聞いて解散すると、ミアはネモフィラとミントを連れて寮長室に向かった。
「ジャスミン先生、三ヶ月の間お世話になったのじゃ。ありがとうなのじゃ」
「どういたしまして。ミアちゃんとフィーラちゃんとミントちゃん卒園おめでとう。次に会えるのは三人が学園に入学した時になると思うから、それまで楽しみに待ってるね」
「はい。わたくしもジャスミン先生や精霊様たちにまた会えるのを楽しみにしています」
「わ、私も……学園に入学出来るように頑張り……ます。無理かも……しれませんけど…………」
ミントが少し不安気に言ったが、これには理由があり、天翼学園に入学するには試験を受ける必要があるからだ。でも、別にそこまで気負う必要は無かったりもする。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。試験はあるけど、勉強でも魔法でも他の事でも何か突出してるものがあれば合格するし、無くても合格自体は簡単だもん」
「ジャスミン先生の言う通りなのじゃ。問題は入学後の学費なのじゃ。ワシも国王に払ってもらわなければ即刻退学を免れぬのじゃ」
「ミアは多分特待生扱いですから、学費は免除ですよ」
「え? そうなのじゃ?」
「そうだね。ミアちゃんは優秀だから」
「流石ミア様……です」
優秀かどうかはともかくとして、ここにミントがいるから言えないが、聖女である時点で特別扱いは既に決まっている。学費なんて払う必要も無い。天翼会がミアに来てほしいのだから当然だった。とは言え、何も知らないミントからすれば、ミアは十四歳のルッキリューナと戦って勝った優秀な“王子さま”だ。優秀と言われても、疑う余地なく信じてしまうのは当然だった。
「ところでジャスミン先生、リリィ先生や精霊たちの姿が見えぬが、何処にいるのかのう?」
「リリィ達はご飯を食べてるんじゃないかな? 卒園パーティー中はずっと料理を作ってたから。トンちゃん達精霊もずっと手伝ってたんだよ」
「あの料理はリリィ先生が作っておったのか」
「わあ。とても美味しかったですし、リリィ先生は料理もお得意なのですね」
「えへへ。そうなんだよお」
まるで自分の事のように喜ぶジャスミン。そんなジャスミンの様子にミアたちは微笑み、ここにほんわか空間が形成される。それを見て侍従たちもニコニコの笑顔だ。
「それじゃあ改めて卒園おめでとう、ミアちゃん、フィーラちゃん、ミントちゃん。また会えるのを楽しみにしてるよ。バイバイ、またね」
ミアたちはジャスミンと手を振って別れて、リリィや精霊たち、それからジェンティーレに別れの挨拶に向かった。ネモフィラは精霊たちの事が随分と気に入ったようで、別れの際には結構な涙をボロボロと流していた。そんなネモフィラを慰めるミアにミントが妄想を爆発させて、頭の中で“王子さま”と“お姫さま”の恋物語が捏造されていく。
そうして別れの挨拶を終わらすと、いよいよ城に帰る時がきた。
「そう言えばですけど、わたくし達の国と違って天翼学園は少し熱かったですね」
「そりゃそうじゃろう。今は七が……辰の月で夏の季節で初夏じゃからのう」
「夏……。真夏になると、もっと暑いって聞いた事あり……ます」
「まあ。そうなのですか? 信じられません」
「チェラズスフロウレスが年中温かい気候と言うだけで、他はそうでは無いのじゃ」
「確かに言われてみればそうですね。アネモネお姉様が嫁ぐブレゴンラスドも穏やかな気候だと良いのですけど」
「ブレゴンラスドはどうじゃったかのう……?」
そんな言葉を交わしながらミア達は転移装置を使って、自国へと帰った。




