社交界デビュー
煌びやかな装飾は紅葉をイメージする美しい彩り。テーブルに並ぶ料理は秋の味覚が十分に使われており、会場全体が秋を彷彿させる。ネモフィラをエスコートしてやって来たのは、そんな秋で溢れる社交界の会場だった。
「流石は秋の国じゃなあ」
秋の国アウトゥムヌスは名前通り一年中の季節が秋の国である。チェラズスフロウレスは春の国で温かい気候の国だが、アウトゥムヌスは涼しい気候の国で、美味しい食べ物も豊富だ。社交界の場として用意されたこのパーティー会場に並ぶ料理も国の名に恥じない絶品の数々で、他国の学生からも密かに人気だったりするほど素晴らしい。そんな理由もあり、ミアも料理を楽しみにしていた。だからと言うわけでは無いが、ミアは主催者側の人物と挨拶を交すと、直ぐにネモフィラと一緒に食事する事にした。
「少し視線を感じますね。みんなミアに興味があるみたいです」
食事中にネモフィラは周囲の視線が気になって話すと、ミアは口の中に入れた料理を飲み込んでから答える。
「ワシと言うよりはチェラズスフロウレスがよく思われておらんだけじゃと思うがのう」
(それに興味を持たれても困るのじゃ)
なんて事を思い乍ら、どこか隠れられそうな場所を探すミア。残念な事に、最初に隠れようと思っていたテーブルの下は、テーブル自体が箱状のような造りだったので隠れられるような物では無かったのだ。
「ミア? 何か探しているのですか?」
「なんでも無いのじゃ。それより、フィーラは挨拶に行かなくて良いのかのう? ワシはここで食事しておるから、気にせず行って来ていいのじゃ」
挨拶とは、他国の王族への挨拶回りの事である。社交界と言う場は食事を楽しむ場ではなく、基本は他国との交流を目的としているので、ここに来た者の殆どは挨拶回りをして交流を深めているのだ。
もちろんミアやネモフィラの他にチェラズスフロウレスの学生たちもいて、学生たちは挨拶をして交流を深めている。こうしてテーブルの前で食事をしているミアとネモフィラの許にも、チェラズスフロウレスの学生たちは挨拶に来ていた。でも、ミアはともかくとして、ネモフィラは来た者と挨拶するだけでどこにも行こうとしない。だから、ミアは気になったのだ。と言っても、お前がエスコートして挨拶に行かんかい。と言う感じだが、今ここでそれを言える者はいない。敢えて言うなら、ルニィが何か言いたそうな顔になっているくらいだろうか。
「気にしないで下さい。わたくしはミアと一緒に行動すると決めていたのです」
「それだと誰にも挨拶できぬのじゃ」
「誰にも……? 食事の後に行かないのですか?」
「ワシの今日の目標は誰とも交流せずに背景になる事なのじゃ」
「ふふ。それなら、わたくしも会場のお花になります」
ミアとネモフィラが楽しそうにお喋りし、傍から見れば美少女たちの談笑。二人の姿は背景どころか主役級なオーラを醸し出し、周囲の注目を集める程に目立っていた。それだけ二人は美少女で絵になるのだ。しかも、ネモフィラはともかくミアは色んな意味でかなりの有名人だから尚の事。
五歳児にして十四歳のルッキリューナと戦って勝ったと噂される幼女である。しかも、土の精霊ラテールを頭に乗せ、事件の中心にいた幼女。更に言うと、頭の上を寝床にされている目撃情報も寮内で何度も出ていた。
因みに、それの何が関係しているのかと言うと、ラテールの性格が関係している。ラテールは見ての通りにいつも眠そうにしていて、眠りを妨げられるのを嫌う。そして、ラテールは寝床にこだわりを持っている。とくに人の頭の上には大きくこだわりを持っており、精霊使いで契約者の寮長ジャスミン以外の頭の上には乗ろうとしない。乗っても寝心地が悪いと言って、直ぐに降りてしまうのだ。しかし、そんなラテールが事件を解決している間は殆どミアの頭の上にいて、最近では目撃情報まで飛び交っていた。それはラテールを知る学生ほど驚きを隠せないもので耳を疑う程のもの。だからこそ、ミアはそれだけでも注目の的になっていた。
尚、ネモフィラの頭の上にも乗っていたが、その時は戦いの真最中で注目度も低かったので、あまり印象に残っていない。と言うわけで、注目を集めたミアだが、もちろん挨拶の標的にされるのは言うまでもない。最初こそ遠目に見られているだけだった二人の許には、次第に挨拶に来る他国の生徒で溢れだした。
「はじめまして。私は魔宝帝国マジックジュエリー出身のルビー=ジュエル=シスターです。以後、お見知りおきを」
「あたいは龍神国ブレゴンラスドのラティノだ。あたい等はあんた等のとこのアンスリウムと同じで十三だから、あんた等が正式に学園に入学する頃にはいないだろうけどよろしく頼むぜ」
「わたくしはチェラズスフロウレスのネモフィラ=テール=キャロットです。よろしくお願い致します」
「ワシはミアじゃ。よろしくなのじゃ」
「あんた等がうちの国の姫さんの大事な服を消した国のお姫様と騎士様なんだって? 幼稚舎から泣いて帰って来たって聞いて驚いたよ」
「申し訳ないと言いたい所じゃが、別にワシ等がやったわけではないのじゃ」
「ミア。その通りですけど、流石にそんな他人事みたいに言っては駄目ですよ」
「いや。いい。面白いな、アンタ。ミアって言ったか? 気にいったよ。なあ? ルビー」
「私に同意を求めないでくれる? 貴女みたいな能天気な思考は持ち合わせていないの」
「冷たいねえ」
ラティノはそう言うと、とくに気にした様子もなく、ルビーの肩を抱いて去って行く。ミアとネモフィラがそんな二人を見つめて呆気にとられていると、次の挨拶がやって来た。そうして休む間もなく挨拶をして時間が過ぎていき、結局二人は食事もそこまで出来ずに社交界デビューを終えた。とは言え、おかげで他国と良き関係を築く為の最初の難関はクリアした。印象の悪いチェラズスフロウレスにとっては、この顔合わせは意味のあるものなのだから。
因みに、この会場にはランタナやリベイアやアンスリウムもいたのだが二人同様に挨拶で忙しく、二人の前に現れたのは社交界が終わりを迎える頃だった。




