枷と先達の忠告。③
ついでとばかりに次々と面倒ごとを押し付けたフローインが神殿に戻ってからしばらくすると、シディアたちの買い物に同行したグレインから、館に寄らずに直接拠点へ戻るという連絡が届いた。
日没まであと少し。
約束の時間ちょうどというあたりがシディアらしい。
マグリスに拠点に戻ることを告げると、なぜか目立たない服に着替えたマグリスが一緒についてくることになってしまった。
「シディアを迎えに行くのは、俺の役目だ」
おとなしく待っていろ、と言ってはみたが、シディアが少しでも関わっていることなら、他人がどう言ったところでこの男が耳を貸すわけがない。
無駄な説得は早々に諦めて、マグリスの馬車で拠点まで戻ると、女性たちの賑やかな声が外まで聞こえて来た。自分の拠点から、複数の明るい笑い声が聞こえてくるというのは、なんだか不思議な感覚だ。
どうやら、無事に買い物を楽しめたらしい。
「ああ、シディアが笑ってる。こんなに楽しそうな笑い声を聞くのは久しぶりだな。来て良かった」
嬉しそうに目を細めて笑みを浮かべたマグリスがそうつぶやくのとほぼ同時に、中からグレインが出て来た。
こちらもひどく満足気なのは、レインと出掛けられたからか。これまでは、一人で出掛けるレインを影から守ることしか出来なかったのだから、気持ちは分からなくもないが。
「マグリスまで来たのか。ちょうどいい、シディアを止めてくれ」
「何をしてるんだ?」
「今夜、ここに泊まる気だ」
それは本気でやめてくれ、と俺が言うよりも早く。
「シ、シディアっ!!」
マグリスが駆け込んで行った。
中で悲鳴が飛び交っているが・・・まぁ、主にマグリスのものだから問題ないだろう。
続いて中に入ろうとしたのだが、グレインが扉を押さえて邪魔をしてきた。
何かいいたげな色を浮かべている青い目に、なんだ、と視線で促せば、少し首を傾げてこちらを見てくる。
「決めたのか?」
何を、とは言わずに答えだけを求めて来る。
その質問の意図は、あの訪れし者を本当に妻に迎えるのかどうか、ということだろう。
それに対して、ただ頷きだけで応えれば、青い瞳に、妙な迫力が宿った。
「この街に、飼われるのか?」
鋭利な光を浮かべ、嘘も誤魔化しも認めない気迫の込もった視線に、瞬時に苛立ちが湧く。
独立と自由を何よりも尊ぶ『獣』にとっては、それが挑発だと分かっていながら拳に力がこもる程度には、屈辱的な言葉だ。
目を眇めてグレインを睨む。
「委ねるのは、街じゃない」
飼われる気はない、ただ、そう答えるはずだったのに。
無意識に口から出ていたその言葉を訝しみ、片手で口を覆った。
・・・今、俺は何を言った?
呆然と自分の言った言葉を反芻していると、驚きに限界まで目を見開いたグレインが、どこか嬉しげに笑った。
「・・・そうか。なら、忠告してやる」
いきなり肩を組み、ぶつかりそうなほど近くに顔を寄せていつになく真剣な目になったグレインに、こちらも真面目に聞く体勢をとる。
「いいか。最初が肝心だ」
目の前に指を三本立てる。
「女房になる女を一人で外出させるな。食事は毎食必ず二人で食べろ。寝所も一緒にしておけ」
・・・なんの、忠告だ。
胡乱な目を向けられても、グレインの表情はどこにも巫山戯た様子はない。
「意図が分からなくてもいい。とにかくそうしておけば、いずれ分かる」
ニヤリ、と笑ったグレインはさっさと一人で中に入って行く。
一体なんなんだ。
首を傾げながら続いて中に入ると、見たことのない箱がいくつか置かれている。厨房にはこれでもかというほど調理道具や食料が並べられていて、女性陣がああでもない、こうでもないと仕舞う作業をしていた。3人とも気が合うのか、ひどく楽しそうだ。
それにしても、厨房とは、こんなに道具が必要なものだったのか。
「あ、おかえりなさいませ!」
しばらく眺めていると、目を輝かせて作業に夢中になっていた娘がようやく俺に気がついて、立ち上がったのに頷いて見せると、続いてレインとシディアが笑みを浮かべた。
「こんばんは、お邪魔してます」
「当面の生活必需品は揃えておいたわ。後はおいおい買い足すのよ?」
必需品だけでこの量なのか、と驚いていると、シディアに睨まれた。
ここにあるのは、必要最低限ですからね? と念押しするような視線に、そういうものなのか、と納得しておく。この後にどんなものが必要になるのかはわからないが、指示されたものを買ってくればいいのだろう。
買い物の最中にシディアがどんな説得をしたのか、それとも単に買ってきたものを片付けるのに意識が完全に向いてしまっているのか、娘が出かける前に浮かべていた戸惑いも困惑も浮かんでいないことに、安堵の息をつく。
ただなんとなく不思議そうな、何かを考えているような目でまっすぐに俺を見てくるから、疑問を込めて娘を見るが、反応がない。
「どうした?」
声に出して問えば、娘が驚いたようにただでさえでも大きな目をさらに大きくして、慌てて両手を振る。
「い、いえっ! あの、そういえば、なんてお呼びしたらいいのかな、って思って」
「あら、やっぱりこれからは夫婦になるんだから、旦那さま、じゃないかしら?」
冗談っぽくシディアが言う。
自分は、今まで一度もマグリスを旦那さまなんて呼んだことがない癖に。
それにまだ正式に結婚していないし、そもそも旦那さまという呼び方はあまり・・・
「そうですね。それじゃ、これからよろしくお願いします、旦那さま!」
・・・悪くないかもしれない。
ぎこちなく頷くと、娘は嬉しそうに微笑み、シディアに促されてまた片付けに戻った。
背後から嫌な視線を感じて振り向くと、マグリスとグレインがにやにやと笑っている。
違和感を感じて部屋全体を見回すと、彼女の荷物はそのままで、それ以外のその辺に適当に積んでいた道具類や箱がなくなっていて、こざっぱりと片付けられていた。荷物はどこだ、と視線を彷徨わせると、グレインが顎で扉が開いたままの空部屋を示す。
元々物置のように扱っていたが、ほとんど物が入っていなかったはずのその部屋には、拠点中と厩からかき集めたらしい不要な物がぎっしりと詰まっていた。
その部屋を片付けて、彼女の部屋にするつもりだったんだが。
グレインを見ると、三本の指を立てて、忠告を忘れるな? という視線を向けてくる。
どうやら、寝所を一緒にしておけ、というあの忠告を守らせるために、グレインがわざわざ一部屋潰したらしい。
そこまでするか、と呆れながらも頭の中で三つの忠告を繰り返し、小さく頷いておく。
どんなに訳のわからない内容であっても、グレインの忠告には必ず従うべきだということは、これまでの長い付き合いの中で骨身に染みている。だから意味がわからないなりに従っておくことにしたのだが。
・・・後々、その忠告に深く感謝することになるとは、この時は予想もしていなかった。




