枷と先達の忠告。②
純潔を保ちながら、リーフェリア祭まで守ること。
わざわざフローインがそんな条件を出してくるということは、何かしらの意図があるのだろう。黙って続きを待っていると、腹を押さえながら椅子に腰掛けたマグリスが大きく息をついた。
「訪れし者たちがどうしてこの街に現れるのかは分かっていない。だが、彼らが元いた場所へ帰る方法はひとつだけ分かっている。リーフェリア祭で黒のリーフェリア役を務めること、だ」
リーフェリア祭。
各地の神殿が中心となって執り行われ、大陸全土の街や村、集落で行われる春を祝う大祭だ。
毎年一人、祭りの象徴となるリーフェリア役として選出されるはずだが。・・・黒のリーフェリア、というのは聞いたことがない。
「我が街の神殿特有の巫女役で、表向きには姿を見せないからな。知らなくて当然だ」
「この街の訪れし者たちの中から黒のリーフェリアという二人目のリーフェリアとして選出されるんですよ。細かな条件は他にもありますが、こちらへ訪れて一年未満であること、婚姻関係が成立していないこと、領主の推薦があることが主だったものでしょうね」
ここ数年は残念ながら、条件に合う者がいなくて選出されていませんがね。
本当に心底残念そうな表情で言っているが、訪れし者たちに結婚させようとしているのはほかでもない、神殿の教師であるこのフローインと領主であるマグリスだ。
・・・そうしなければならない、何かがあるということか。
執務机に肘を付いて、組んだ手の上に顎を乗せたマグリスが、殺気立つ。
「その役目を終えた黒のリーフェリアは帰還を果たしているそうだ。だが・・・不思議なことにな、黒のリーフェリアが選出さた年は、訪れし者や外から移住してきた者たちばかりが多数、不慮の事故や病気で死亡しているんだ。必ず、な」
黒のリーフェリア選出に少なからず領主たるマグリス自身が関わっている上に、不慮の事故やら病死の対象が訪れし者や移住してきた者たちばかりとなれば、殺気立つのも当然だ。
訪れし者たちばかりが被害に遭う、か。
嫌な響きだな、と思っていると、フローインが小さく頷いて微笑みはそのままに、水色の瞳に皮肉な色を浮かべた。
「純血主義者には、とても都合のいいことばかりだと思いませんか?」
「・・・今年は?」
「黒のリーフェリアが選出されたのは、4年前が最後ですよ。・・・正式には、ね」
状況が、酷似している。
誘拐や殺人以外にも、ここ数ヶ月で訪れし者や移住民の病死、事故死もかなりの数が報告されてきているはずだ。
確認の意味を込めてマグリスを見れば、苦々しげに頷いた。
「昨年の訪れし者で未婚者が一人、今年のリーフェリア祭直前に行方不明になっている」
・・・なるほど。
先ほどフローインが言っていた黒のリーフェリアになる条件のうち、こちらへ渡ってきて一年以内であり、独身である、ということは絶対条件なのだろう。
だからこそ、多少強引だろうが今年は訪れし者全員に婚姻を結ばせようとしているわけか。
だが、そうなると、先ほどのフローインの条件が分からない。
こちらの疑問を読み取ったフローインが微笑みの形のまま、口を開く。
「先ほどもいいましたが、彼らはこちらとは異なる環境で生まれ育った者たちです。それゆえに、その存在は非常に繊細で不安定なものなのですよ」
「つまり?」
「不安定なままの訪れし者と交わることは、その存在自体を壊しかねないということです。黒のリーフェリアとなる資格を失うことはともかく、命をも失わせることになる・・・故に、純潔を保てというわけです」
そういうと、フローインの目にまたあの人を弄るような色が浮かんだ。
「君なら大丈夫だと思いますが、あと一年も経てば、彼女たちも安定するはずです。その花を惜しむならば、それまでは害虫駆除に徹してくださいね?」
フローインの言う害虫駆除とは、純血主義者に限らず、広範囲の男たちから彼女自身を守ることでもあるのだろう。
言外に害虫の中に俺を含んでいるらしい。フローインを睨みつけると、マグリスが憐れむような視線を向けてくる。
「まぁ、それなりに愛らしくて健康的な妻と一緒に暮らしながら、手を出せないというのはなかなか辛いものがあるだろうが、せめてリーフェリア祭までは耐えてくれ」
・・・どうしても、俺を害虫の一人にしたいらしい。
苛立ちが募るが、その後の話は早かった。
とにかく危険が無いと判断できるまでの間、少なくともリーフェリア祭が終わるまでは、妻として保護すること。
危険が去れば、いつでも離縁が可能であること。とはいえ、夫婦の片方だけに離縁の意思があっても離縁は不可能なため、必要があれば保護者夫妻と教師が説得するという。
要するに、もっとも狙われる可能性の高い訪れし者たちを効率よく保護するための仮初めの夫婦だということだ。
それならば、本当に届けを出さなくても良いのでは、と思うのだが、戸籍の管理の半分は神殿が担っている以上、確実に黒のリーフェリア候補から外すためにも、書類上は完璧な夫婦になっていなければならない。
ただ、彼女に離婚歴が付いてしまうことを懸念すれば、マグリスが、にやり、と笑って見せた。
「心配するな。たとえお前と離縁したところで、俺とシディアが後ろ盾であることには変わりない。・・・ああ、もしお前が別れたくないと言うのなら、その時も俺たちはいつでも力になるからな」
そうなるに違いないという自信に満ちた目で見られているのだが。
その根拠の無い自信は一体どこからくるものなのか。自信満々なマグリスを冷めた目で見ながら、小さく息をつく。
これは、もともとのマグリスの依頼である純血主義者の殲滅とも絡んでくるものだ。
レインの例でも、身近に置いたほうが守りやすく、動向も掴みやすいことは実証済みでもある。
あとは彼女が俺の存在に耐えられるかどうかだが・・・。
不意に、一度も怯えのひとかけらも浮かばなかったあの黒い瞳に、ありありと浮かんだ憐憫と使命感を思い出す。
・・・何とかなるか。
そして全てが終わったあとも引き続きマグリスが彼女の保護者となるのならば、断る理由はない。
「・・・分かった。引き受けよう」
これはあくまで、護衛対象を効率よく守るためだ。
その答えに、年長者二人は互いに顔を見合わせて、視線を交し合い、それから揃って胡散臭い微笑みを浮かべた。
「では、明後日、諮問神官を派遣しましょう。それまでに、彼女がきちんと受け答えできるように教えておいてくださいね」
「あと明日から、自警団に顔を出しておけ。表向きの定職は必要だからな」
幼い子供を見るような、生暖かい微笑みに無性に腹が立ってくるが、それよりも。
・・・さりげなく、面倒事が増やされた。




