19 義妹
その恨みを込めた瞳を受け止める。
二年前に向けられた言葉が今も思い出せる。
『何でお姉ちゃんを守ってくれなかったの!』
ああ。その通りだ。
彼女の姉を、己の婚約者を守れなかった無能。
それが東郷仁である。
「……肉体強化手術をしたのか」
「お前には関係がない」
「令が聞いたら悲しむだろうな」
ASID由来の物には抵抗感を示していた彼女だ。妹が強化手術をしたと聞いたら間違いなく悲しむ。
だがその言葉は智にとっては逆鱗に触れるようなものだったらしい。
かろうじて己を抑えるような声が唇から漏れる。
「お前が、姉さんの言葉を騙るな」
その反応は予想が出来ていた。
二年間で多少の態度の軟化を期待していなかったといえば嘘になる。だが望み薄の様だ。
「ほとんど姉さんの墓も放置しているような輩がさも姉さんのことを理解しているような口を聞くな」
納得した。令の墓碑が二年ぶりにしてはキレイだと思ったのは、智が先に来て掃除していてくれたからだったのだ。
荒れた墓碑を見た智の憤りは容易に想像できる。
「さて、以前の令ならともかくここ数年の令に関してはお前よりも深く理解していた自信があるけどな」
そう言えるようでなかったら結婚なんて考えていない。
つい張り合うような事を言ってしまうので関係が改善しないのだろうなということは仁にも理解していたが、言わずには居られない。
「それよりも、お前最近この辺りうろついているだろ。その格好で」
「……何が悪い」
「悪いに決まってる。不審者情報来てるぞ」
「なっ」
むしろ今日はまで声掛けされなかったのが不思議だ。仮にもサイボーグ戦隊。警官の一人や二人程度振り切れるとは思うが。
「何の用だか知らんが、都市警察が来る前にさっさと帰れ。第二船団の軍人が不審者騒動で逮捕なんてことになったら恥だぞ」
「いいや、そういうわけには行かない」
目つきを更に鋭くして智は尋問の構えを崩さない。
「あの子は何だ」
聞かれるとは思っていた。
いや、聞かないほうがおかしい。
「お前と姉さんの間に娘が居たなんて聞いてない」
「俺と令の娘じゃないからな。というか年齢を考えろ。アイツ今六歳くらいだぞ」
「籍を入れる前から……」
「前半をまるっと無視するな」
「あり得ない」
見ろ、と智は画像データを己のタブレット端末に表示する。
第二船団ではこれが主流なのだが正直、仮想ディスプレイに慣れてしまっていると酷く狭くて見にくい。
「実家から転送した幼少期の姉さんの写真だ」
それは仁も初めて見る物。令は恥ずかしがって自分の写真を中々見せてくれなかった。仁の物は穴が開くほどに見ていたというのに。
そしてそこに写っていたのは、恐ろしいほどに澪とそっくりな少女。髪の色と瞳の色。特徴的な銀と赤を除けば瓜二つだった。
似ているのだろうとは思っていた。だがここまで生き写しとなると想像以上だ。
「ここまで似ていて無関係なんてことがあるか!」
その気持ちは仁もよく分かる。
だが。
「まさか貴様。クローニングを」
「無関係だよ。澪のIDの登録DNAを見てみろ。令とは全く関係がない」
クローン絡みは微妙な問題なのでそれ以上喋らせない。身近にだってその被害者はいるのだから。
「そんな……」
「令の娘だとでも思って声かけたのだったら残念だったな。もう、アイツはどこにも居ない」
その言葉に智は悲痛な顔をする。
多分仁も似たような顔だろう。
その痛みを共有できているのに。
何でこんなにもいがみ合っているのだろう。
「……いえ。だとしても。姉さんそっくりなあの子をそのままには出来ん」
「お前」
本当に嫌になる。
智は否定するだろうが、仁と智はよく似ている。
故に、澪を見た時に何を言い出すか。嫌なくらいに予想が着く。
「私が引き取る。貴様は引っ込んでいろ」
「後から出てきて図々しい物言いだな。第二船団では謙虚さという美徳を学べないらしい」
「時間だけしか誇れるものが無いとは哀れだな。そんな物はいくらでも覆せる」
妙な。強い確信の有る言葉。
一体何を隠しているのか。警戒心を抱く仁を嘲笑うように、智はコートの裾を翻して仁から離れていく。
「どこへ行く」
「知れた事。貴様が視界に入らない場所だ。それにあの子を怯えさせるのは本意ではない」
「不審者が。よく言う」
「精々吠えるが良い」
自信に満ちた足取りで智は立ち去っていく。
一体どこからあの自信が湧き上がってくるのかわからないが、ひとまず不審者を追い払うという一点に置いては成功した。
「ああ。面倒くさい」
面倒な奴に目をつけられたと仁は思う。
ただ、相手の気持ちが分かるために強く拒否できない。
もしも自分が智の立場だったら。そう考えると彼女から吐かれる言葉はすべて自分の口からも出ると分かってしまう。
澪もそうだ。
もしも、澪と出会う前の自分が。智と一緒に暮らしている澪を見たら。
平静で居られるだろうか。
それが分かっても面倒くさいものは面倒くさいのだが。
何しろ相手の思考は自分とよく似ている。つまり、次に打ってきそうな手も想像できてしまう。
「とりあえず、東谷くんを送っていくか……」
時間も遅い。あの小さな勇者を自宅に送り届けてあげなければいけない。
ついでに、バーベキューについても誘ってみようと仁は思った。
後から思えば。
見込みが甘かったと仁は思う。
気づけばよかったのだ。そうすればーー仁の家が崩壊寸前になることはなかっただろう。
守を送り届けて、家に戻るとシャーリーが所在無さげに立ち尽くしていた。
「何してるんだ、軍曹」
「あ、中尉。いえちょっとその。あーえっと。会いたくなっちゃいまして」
そんな事、付き合ってた時代にも言われたこと無いんだけど。仁は心の中で突っ込みながら、相手の要件を察した。
先日依頼したドローン絡みか人型ASIDの件だろう。
「で、何で待ちぼうけなんてしてるんだ。澪はいるはずだぞ……まさか」
居ないのか、と思った仁は扉へと振り向く。
緊張の走った表情を見てシャーリーは手を横に振る。
「いえいえ、いますよ? ただ……」
インターホンを鳴らす。
「澪ちゃん。私です。シャーリーです。開けてください」
『おとーさんから誰も通すなと言われています』
という無慈悲な通告。
ね? とシャーリーは同意を求めてきた。
仁が誰も入れるなと言ったのを律儀に守り続けているらしい。
「あー澪。軍曹は例外だ。開けてやってくれ」
『分かりました』
多分あのよくわからない真面目くさった顔をしているのだろうと思うと、仁はおかしくなる。外で待たされたシャーリーには申し訳ないのだが。
「やっと入れます。何かあったんですか?」
「ん、まあな」
ひとまず中に入ってくれと促す。
玄関先には澪が出迎えにやってきていた。
「おとーさんお帰り。しゃろんいらっしゃい」
「ただいま」
「お邪魔します澪ちゃん」
「しゃろんごめんね。おとーさんが誰も入れるなって言ってたから」
「いえいえ。澪ちゃんはちゃんと言われたこと守ってたんだから悪くないですよ。悪いのはちゃんと指示してなかったおとーさんのほうです」
ねえ、と茶目っ気のある視線でシャーリーは仁を見つめる。
降参とばかりに仁は両手を上げた。
「そうだな。ちゃんと言っておかなかった俺が悪い。澪。そうだな……おとーさんが居ないときでも軍曹とついでにジェイクが来たら鍵を開けてやってくれ」
と、言うと澪は頭の上でばってんを作った。
「お仕事禁止!」
「それまだ続くのか」
「お家でお仕事はダメです!」
どうやら玄関を潜ったらアウトらしい。
仕方ないと仁は澪の言うことを聞く。
「シャーリーとジェイクは鍵を開けてくれ」
「分かった!」
元気よく返事をして、澪はシャーリーの足元へ行く。
少しだけ期待した表情をしながら見上げる。
「しゃろん、今日はお泊り?」
「ごめんなさい。明日お仕事なので今日は……」
「残念……」
露骨に落ち込んだ様子を見せる澪に、シャーリーが揺らいでいるのが分かった。
落ち着け。明日は俺の機体が納品される日だ。仁は心の中で念じる。遅刻なんて出来ないんだぞ。
「うう。ごめんなさいね……でも澪ちゃんが寝るまでは一緒に居ますから!」
そう言うと澪は機嫌を直した。
さて、その宣言どおり。夕食を食べて、澪を寝かしつけて。
「それで、何かわかったのか?」
「ええ、解析データから一つ。使用されている部品からして、これは第二船団製であることが確定です」
「薄々予想は出来ていたが……良くわかったな」
まさかこうもあっさりと絞り込めるとは仁も思っていなかった。
「光学迷彩に使われている電子素子が、第二船団の工場でしか生産していないタイプのものでした。これ、社内で規制かかっているので他船団製で使用される可能性は低いんですよね」
「つまり、それはBW社製って事か?」
「そううちの実家ですね」
シャーリーの実家は第一船団に本社を持つ船団を股にかけた兵器メーカーだ。
レイヴン、レオパードの生産にもガッツリ関わっているはずだった。
「いや、正直これ私のところに持ってきて正解でしたよ。多分他の人が見てもどこの部品かなんて絶対わかりません」
要するに、社内にコネのある人物でないと部品の存在自体知りようがない。そのレベルの機密だったということだ。
「心当たりは?」
「第二船団の支社を任されてる兄さんとは仲良くないんですよね……ただ。本社を継げなかったことを大分恨んでるみたいでしたから、何か一発逆転を狙って良からぬことを……って可能性は否定できないです」
「金持ちの家も大変だな……」
施設育ちの仁はしみじみつぶやいた。




