32 コウが得た物
どうすれば良いのだろうとコウは自問する。
幼馴染のメイは二人だった。
自分が気付いていないことろでも入れ替わっていた。
特に決定的な物はどうやら、自分が散々に偽物だと罵ったメイと紡いだものらしい。
それを告げて謝ったら逃げられた。
「まあ当然だよな」
正直あの程度の謝罪ではとても足りないほどの暴言を吐いた。
幼いがゆえにーーいや、それは言い訳にはならない。
言葉で殺したいとばかりに決定的な言葉を吐いた。
あの時、メイは無言で受け止めていたが。その後でどれだけ涙を流したのだろう。
誰も味方のいない真っ暗な部屋の中で。
「くそっ」
己の短慮が恨めしかった。あの時、もっとしっかりと考えていれば。思考を放棄して入れ替わったメイを憎む様な事をしていなければ。
この十年は大きく違ったものになっていただろう。
だが時は戻らない。
出来ることはこれからの事だけ。
誠心誠意謝るしか無い。他にコウは自分が出来ることを思いつけない。
いや、あともう一つ。
メイにはこれからの事を伝えていない。
そう考えながら日課の筋トレを続ける。
筋肉は良い。決して自分のように裏切らない。
腹筋を続けていると。
コンコンと。ベランダに続く窓が鳴る。
「?」
気のせいかと思ったが鳴り止まない。
心霊現象とかやめてくれよと思いながらそっとカーテンを開けると。
「早く開けてください。熱中症で倒れたらどうするんですか」
メイが不機嫌そうな顔で居た。
「おま、どうやって。ここ三階だぞ」
「そこの木から登ってきました」
確かに隣には木があるが。
よくもまあ登る気になったものだと感心してしまう。
「お邪魔します。意外と小奇麗な部屋ですね」
「いきなり人の部屋来ておいてそれかよ」
「さっきの話の続きをしに来ました」
前置き抜きで。メイは直球でそういう。
それを聞いてコウはしばし目を閉じた。
そして開き言う。
「場所を変えようぜ」
苦労して男子寮から脱出して、向かった先は――訓練校のシミュレーター。
夜遅くで利用者はいないが、申請すれば動かす事は出来る。
「模擬戦しようぜ」
「はあ? 何を言っているんですか。私の話聞いてました?」
「聞いてた。話の続きをしようってな」
「なら」
「それでも戦って欲しい。俺がそこに伝えたい事がある」
真剣なコウの懇願にメイは根負けしたように視線を伏せた。
「もう想定外にも程が有ります。私、話をしに来たんですけど」
「正直、言葉で上手く伝えられる気がしない」
そう言ってさっさとシミュレーターに乗り込んでしまったコウを見てメイは溜息を吐く。
「なんて勝手な」
「勝手にシミュレーターを使っているのはお前らもだけどな」
そんなメイの背後から仁は声をかける。
「教官! 何ですかいきなりお化けみたいに!」
「……まあ笹森を焚きつけたのは俺だからな。気になって様子を見に来たんだが……何してるんだ本当に」
二日続けて澪を早めに寝かしつけた仁はまたコウに会おうとして、ここに辿り着いた。
「いえ、その模擬戦を」
「……良く分からんが、シミュレーター使いたいんだな?」
「ええ。まあはい」
「んじゃ申請に許可だけ押しておくから」
「良いんですか?」
「熱心な教え子の邪魔はせんよ」
言うや否や、ささっと許可だけ与える。
「んじゃ俺は帰るから」
「何しに来たんですか本当に」
「だから様子を見に来ただけだって」
こうすればいい。ああすればいい。
年の功というべきか。
仁にもいくつか選択肢は見える。
だがそれを示すのは違うだろうと仁は思うのだ。
答えではなく、見落としている物を示してやりたい。
当人たちが納得いくまで話し合い、殴り合った方がきっと良いと。
そう信じている。
その結果険悪な仲になったとしたら、その時は改めて教官として仲裁に入る。
仁に出来るのはそれくらいだ。
「じゃあ頑張れよ」
そう言って仁は去っていった。
「本当に帰ってますし……」
若干呆れながらメイもシミュレーターに乗り込む。
思えば。
コウとは結構こうして模擬戦をしている。
幼い頃は――どちらかというと争いごとを忌避している側だったというのに。
こんな風に変わってしまった事。
その理由が推測出来てメイは悲しい。
だってきっとそれは、本当のメイがいなくなったことと無関係ではないだろうから。
何の変哲もない宇宙空間。
戦術的には有り得ない、一対一の状況。
互いの機体は同じレオパード。
ポジションも同じ前衛。
故に、両者の戦いは壮絶な殴り合いとなる。
向かい合った状態からの相対速度は12km/s。
一瞬で距離をゼロにして。
互いに鏡合わせの様に抜き放ったエーテルダガーが交差する。
一合、二合。
刃を合わせて、メイは己の不利を悟らざるを得ない。
元より格闘能力はコウの方が高いのだ。
脚を止めての格闘戦など勝ち筋は見えない。
ならば、やはりとメイはいつも通りを選ぶ。
加速。旋回。
メイのやる事はこの二つだけ。
この二つを縦横無尽に。
組み合わせて複雑怪奇な模様を描く。
これがメイの武器だ。
教官である仁すら唸らせる高速機動。
これだけはコウにだって負けない。
その複雑な軌跡を描きながら、一撃離脱を繰り返す。
コウはその機動に追いつけない。
ユーリアならばそもそも距離を詰めさせず狙撃すれば対処できる。
いくら複雑な機動と言っても、機体自体は弾丸より早く移動は出来ないのだから。
ちなみに、ユーリアとコウならば、コウは強引に狙撃を捌いて近接戦闘に持ち込んでいく。
仁の見せた狙撃を切り払う程見事には出来ないが、その技を盗みつつあった。
実はこの三人。タイマンだと三竦みなのだ。
だから、コウはメイに勝てない。
メイの射撃能力は高くない。故に一撃離脱も切りつけて離脱するという物になる。
それで十分。
相手の死角から切りつければコウといえども対処は出来ない。
繰り返しの突撃で、コウのレオパードは見る見る傷ついていく。
コウは何がしたかったのだろうと。
メイは思う。
この戦いで何かを伝えたかった。
だが――結末はこれだ。
メイの心には何も届かなかった。
まあ良いとメイは思う。
別にこれが終わったら改めて話せばいいだけ。
早く終わらせてしまおうと。
とどめの一撃を振るおうと――。
「読んでたぜ。手足を切り刻んでも大破認定はされねえ。トドメを刺すには胴体を狙うってな」
「なっ」
背後から狙いすました刺突。
それはエーテルリアクターを貫き、大破を認定させるに十分な一撃。
命中すれば。
今コウのレオパードは異様な姿勢となっている。
背中の辺りで手のひらを合わせた様なポーズ。
その手のひらの中には、メイのエーテルダガーの切っ先がある。
人体構造をまるっきり無視した白刃取り。
手のひらに集中させたエーテルコーティングが、刃を包み込んで止める。
それは。
「人体の動きを意識してる、か。全くその通りだったぜ教官!」
仁ならば、戦いの動きの中にそれを組み込める。
今のコウにはそこまでは出来ない。
相手の行動を読んで。そこにハメる様なタイミングでしか使えない。
それでもこれはコウが仁に挑んで奪い取った技だ。
トドメの一撃を止められた。
だが、それでメイが敗北するわけではない。
今度は読まれない様に。もっと緩急と角度を付けて。
「おせえよ!」
心理的な隙間。
そこにコウは己を捻じ込ませていく。
右足。そのつま先で振るわれたエーテルダガー。
この距離、この位置。
当たる訳が無い。
そもそもまともに振れる訳がない。
だが、コウはそれでも機体を動かす。
人体を無視した動き。
脚部の関節部を連動させて動かした動きは、鞭の様にしなって。
離脱するメイ機よりも早くその刃を届かせた。
あ。
と思った時にはシミュレーターは終了している。
撃破認定されたのだと理解するのに数秒かかった。
負けた。
お遊びや賭けでやってきた一対一。
メイがコウに負けたのはこれが初めて。
呆然としてメイはしばらくシミュレーターの中から動けない。
やがて外部からシミュレーターが開放される。
「俺の勝ちだな」




