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27 仁の悩み事

 さて、メイに啖呵を切ったもののどうすればいいのだろうか。

 生きたいと思わせる。言葉にするのは簡単だ。それ故に難しい。生き物は大体生きたいと思っている。


「ううむ」

「おとーさんまた難しい顔をしている」

「ああ。実はまた難題があってな」

「おー先生みたい」

「一応本職だ」


 リビングのソファーで考え込んでいた仁の元へ澪がやってくる。

 当人は宿題を終えたところなのか。読み込んでいる絵本を持って仁の左に座ろうとし、やめた。

 代わりに仁の膝の上は自分のものだと主張せんばかりに座り込んだ。

 最近澪の定位置は仁の左かここだ。


「なあ澪」

「なあに?」


 真上を見上げようとする澪と視線を合わせながら仁は尋ねる。


「生きたいって人に思わせるにはどうすればいいと思う?」

「どこへ?」

「そっちの行きたいじゃなくて、生き死にの方の生きたいだな」


 そう尋ねると澪は酷く複雑な顔をした。あえて名前をつけるのならば信じられないだろうか。


「生きたくない人がいるの?」

「いるんだよなあ」


 身近な例で言うと仁自身とか。


「よくわかんないね……」


 六歳児には難しいのか。

 あるいは六歳児にも分かることを見失っているのか。

 判断に迷うところである。


「そうだな。例えば澪ならどんな時に生きてるって感じる?」

「むむむむ」


 眉にシワを寄せて、澪は考え込む。むしろそんな事意識したことも無いのではないだろうか。


「あんまり無理しないでいいぞ……?」

「……おとーさんと一緒に寝てる時!」

「よしよし、良い子だ」


 あまりに可愛いことを言われたので思わず頭を撫でてしまう。

 恩師に散々、そのうちに撫でさせてくれなくなるぞと脅されているので今のうちにと言わんばかりだ。

 その恩師は独身なのだが。


「後は友達と遊んでる時! 楽しい!」

「そうか」


 学校生活が楽しいようで仁としても一安心だ。

 だが澪の言葉は仁にヒントを与えてくれた。


「楽しい時か」


 死にたくないと思えるほど楽しいと思わせる。

 なるほど、正攻法と言える。


 問題は、経験談から言ってそもそも楽しいと思う機能が麻痺している可能性。


「いや、それもないか?」


 日頃、結構楽しそうである。あの全てが演技とは思えない。


 楽しいと思わせる。

 言い換えれば人を楽しませる。


 どうすれば良いのだろう。コメディアンにでも師事すれば良いのか。いや、それは絶対違う。


 などと考えながら仁は今日も模擬戦に明け暮れる。


 前後をコウとメイに挟まれながらの格闘戦。

 一月前よりも格段に連携が良くなっている。

 こうして挟まれてしまえば、仁も全力で対応しないと危険な場面がいくつか出てくる。


 突き出されたエーテルダガーを腕ごと引っ掴み、その勢いのまま対面に投げつける。

 反射的な行動は、今のがどちらの機体だったのか。どころか今前から来たのか後ろから来たのかも見失う。


 しまったと仁が己のミスを悟る。

 完全に反射に頼ってしまった。

 今までならば問題ない。例え実戦でもそれほど問題にはならない。

 反射的な行動。それは仁が体に叩き込んだその局面での最適解だ。


 だから問題になるのは。仁の動きを熟知した相手がいる場合のみ。


 三機が入り混じった格闘戦の場に、ユーリアの狙撃が突き刺さる。


 正気の沙汰ではない。単純な数としても味方のほうが多い。

 それが絡み合い入り交じる場への狙撃など味方へ当てる可能性の方が高いのだ。


 それでもなお敢行された狙撃。

 それはすべての機体の動きを読み切ったという証。


 この短期間で腕を上げたのは前衛の二人だけじゃない。

 ユーリアも狙撃手としての腕を着々と伸ばしていた。


 コウの機体を、メイの機体を避けて。

 エーテルの弾丸が仁のレオパードに迫る。


(回避を)


 しなければ直撃する。

 別に仁は勝ち負けにはこだわっていない。

 ただ今はだめだ。この三人は今が伸び盛りだ。

 決して超えられない壁を超えるために必死になっている。


 ここで仁を撃墜できたとしたら。

 仁は超えられる壁になってしまう。


 そうなればこの成長はきっと止まる。

 頭では理解しても、心のほうが慢心してしまう。


 しかし回避は間に合わない。


 ならば、と仁は判断を切り替える。


 迎撃するしか無い。


 抜き打ちで抜刀されたエーテルダガー。人類の反応速度の限界に挑戦するかのような速さ。

 小さな点のようなエーテル弾を切り裂くだけで止めはしない。

 狙うはいつかのような打ち返し。


 この狙撃をそのまま射線をずらして相手へとぶつける。

 

 だがタイミングが絶妙だった。そこまで狙っていたにも関わらず、仁はそれを実行できなかった。

 差し込まれるような狙撃をかろうじて弾く。

 大きく姿勢を崩した仁機に好機到来とばかりに二匹の猟犬が襲いかかる。


 その隙への貪欲さ。頼もしいやら末恐ろしいやら。

 全力で迎え撃つ。


 大人気なく全力を出した仁に、三人は一分ほどで全機撃墜された。


「いや、今日の模擬戦は中々惜しいところまで行きましたねユーリア」

「……そうね」


 模擬戦後。すべての講義を終えたメイとユーリアはシャワー室で汗を流す。

 模擬戦の後死にそうな顔をして倒れ込まなくなったのはここ最近。

 シャワーを浴びるほどの余裕が出てきたのはつい三日前からだ。


「やっぱりあれはユーリ。あの狙撃が見事でした。男を手玉に取るなんてやりますね」

「そーね」


 髪の毛を洗うメイの称賛にユーリアはいまいち浮かない表情だった。


「どうしました?」

「いや、ちょっと教官らしくない動きだったなって」

「そうなんですか? 何時もどおりの変態的な動きだったと思いますけど」

「うん、何時もどおり変態的な動きだったけど」


 その共通認識を聞いたら仁は嘆くだろう。


「何かちょっと違和感があったと言うか……」


 その感覚は、前衛で戦っているメイには分からないものだった。

 どうしたって、接近したら見えるものは狭くなる。


 全体の動きとしては俯瞰的に見ているユーリアの方がよく分かるだろう。

 何よりメイは、ユーリアのそういう感覚を信頼していた。


「ユーリがそう言うならきっとそうなんですね」

「ごめん、メイ。先にご飯食べてて。やっぱり気になるの」

「分かりました! ユーリアの分もちゃんと食べておきます!」

「そこまで先にしろとは言ってないわよ!」


 この二人は何時も通りだった。


 着替えた後、ユーリアは仁を探す。

 この時間だと多分教官室。そう当たりをつけて向かうと、予想通り仁はそこにいた。


「どうしたナスティン訓練生。今日は反省文は無いぞ」

「いえ、その……今日の模擬戦で気になったことがありましてご相談に」

「ふむ。デブリーフィングでは気づかなかった事か?」


 ちらりと仁は時計を見上げる。


「娘が来るまでもう少し時間がある。それまでで良ければ話を聞こう」

「ありがとうございます。終盤の狙撃の件なんですが」

「ああ。あれか。腕を上げたなナスティン訓練生。あのタイミングは見事だ。相手の行動パターンを読むことは対ASID戦では重要だ。その一瞬の隙間に差し込めるようになったら次は行動パターンの誘導にーー」

「あの時、教官が何か別のことを考えていたように見えて。そのせいであんなミスをしたんじゃないかって。気のせいだったらごめんなさい」


 仁の言葉を遮って、ユーリアは一気にそう言い切る。

 まさか教え子にまで見透かされるとはと仁は少しショックを受ける。それも戦っているときの仕草から。

 その観察力の高さには舌を巻かされる。

 自分が特別わかりやすいのではなく、ユーリアが特別鋭いのだと思うことにした。


 その鋭さは対ASID戦ではあまり役に立たない。

 しかし対人型ならば大いに役立つだろう。

 そして対人類戦闘ならばーー。


 その可能性については目をつむった。


「すまなかったな。実は少々悩み事があってそれが操縦にも出てしまった」


 人を楽しませるにはどうすれば良いのか。

 そんな事を考えていたとは言えないが。

 しかし教官のそんな事を気にしてきてくれるとは。

 仁は少し嬉しい。


「あの、その悩みっていうのは……恋煩いですか!?」


 前言撤回。こいつただ恋バナ聞きに来ただけだと分かってしまった。


「ナスティン訓練生。それは違う」

「あの金髪の整備士の方ですか!?」

「話を聞け。後その微妙なところついてくる予想はやめろ」


 興奮するユーリアを宥める。

 先日の面談から恋バナ好きだろうなとは思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。

 まさか教官にまで突撃するとは……。怖いもの知らずと言うかなんと言うか。


 だがしかしと仁は思う。

 自分一人では煮詰まってきた。

 ユーリアならばコウとメイの事情に直接は関わっていないはず。

 何よりもメイと同年代の少女。感性も……多分近い。はず。

 ちょっと二人共平均から離れているように思えるので不安だが、仁よりは近いだろう。


 聞いてみよう。自然にそう思えた。


「ちょっとな。人生を楽しむにはどうすれば良いのか考えていた」

「そんなの決まってます」


 ユーリアは何故か1呼吸ためて、自信満々に言い放った。


「恋をすれば良いんです!」


 こいつすげえな。仁は素直にそう思った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。
[一言] こいつすげぇな…。
[良い点] あ、地雷は回避された…と同時にもう一つの地雷と旗を立てたの…今回は結構際どいとこに…
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