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9.サイレント・マイノリティ

「そんなの納得できねーよ、夜野さん!!」

 悪の秘密結社〈SILENT〉の会議室には、影内の吠え声じみた怒号で満たされていた。

「何と言われようと認められないものは認められません」

 工作部隊の代表である影内に、参謀である夜野は刃物のような鋭い声で切り返す。

 だが、影内は決して退かない。理性を失った野獣のごとく猛り狂ったように言い放つ。

「だからって……何で『ジャンプ』が備品として認められねーんだよ!」

「備品というのは必要最低限のもののことを言うのです。漫画雑誌のような娯楽品は備品として認められません。当然、経費もおりません」

「ロッカーにはジャンプが常備されてるのが基本中の基本じゃねーかよ!!」

「根拠のない論説をふりかざすのはおやめなさい!」

 夜野は銀縁の眼鏡をくいっと上げながら鋭い槍のようなツッコミを入れる。

「あなたが食費のレシートの中に食玩付き菓子の会計を混入させていることについては、100歩譲って目をつぶって来ました。ですが、これ以上組織の財政を脅かすような狼藉は参謀であるこの私が決して許しません」

「なんでだよ! 食玩は俺一人だけしか楽しめないけどジャンプは皆読んで皆楽しめんだぞ!! むしろそっちの方はもっと許すべきじゃねーかよ!!」

 全く正反対な性質をしているように見える二人だが、共通している箇所は多い。

 他に行く当てがなく、組織を自分の拠り所としていること。

 本拠地に暮らしており、生活の全てを組織の活動に注いでいること。

 そして、自分の行動は全て「総帥の為を思って」の行動だと信じきっていることだ。

「はあ……死にたくなるほどどうでも良いね」

 二人の口論に口を挟んだのは、思いも寄らぬ存在だった。

「まあ、僕に死という概念があればの話だけど」

 呆れたように独り言を発したのは、会議室の中央に置かれた円卓の、片隅に座って居眠りしていた一匹の黒猫だった。

 会議室の空気が、水を打ったようにしんと静まりかえる。

 最初に声を上げたのは、それまで二人の口論を黙って聞いていた戦闘部隊長の漆原だった。

「あの、総帥。こいつ、総帥の猫ですか?」

「いや。皆も知っておるだろう。この猫は〝ノワール博士〟だ」

 もっとも奥の席に座るクラヤミは、ろくな説明もなくキッパリと言い切る。

 一同が目を点にする中、真っ先に声を発したのは空気が読めないのが取り柄とすら言われる男、影内だった。

「そうかー。お前、猫だったのかー。道理でふてぶてしいやつだと思ったぜ」

「待て待て、影内。お前、自然と信じ込みすぎだ。そんな簡単に受け入れるな」

 なんの躊躇いもなく納得する影内に、漆原が慌てた様子でツッコミを入れている。

 戸惑う一同に対し、ノワール当人(当猫?)は、淡々と自己紹介を始める。

「この身体は本物の猫じゃなくて、猫型ロボットだよ。そのロボットを介して会話しているんだ。ほんとの僕は別の所に居るんだよ」

「なるほど、猫型ロボットかー」

 影内は全く動じることなく、自分をロボットだと名乗る黒猫をひょいっと本物の猫をそうするように、目線の高さに持ち上げながら喋りかける。

「じゃあお前、なんか秘密道具とか出せんの?」

「いつもいっぱいあげてるじゃないか。超すごい武器とか」

「おー、そういえばそうか。今度どら焼きとか持ってくるか?」

「食べないよ。君は僕を何だと思ってるんだ」

「え、秘密道具出してくれる猫型ロボットだろ?」

「まあ、確かにそうなんだけど」

 影内は空気の読めない性質が幸いしているのか、異常な状況に対する適応能力が常人に比べて異様なほど高い。転移能力者は物理的にも性格的にも空間に縛られることが決してないのだ。

 一方、状況を受け入れ切れていないのか、夜野は戸惑った表情でぶつぶつと何か呟いている。

「そんな、なんてこと……こんな、こんなに可愛いなんて……っ!!」

 いつもは冷徹な目つきをしているはずの夜野の瞳が、眼鏡のレンズの奥でキラキラと光り輝いている。頬を赤らめて、影内のことを羨ましそうにじっと見つめている。

 夜野は自分のことを常識人だと思い込んでいるが、彼女はこの組織に自らの意思で参加を決めた最初の構成員だ。

 能力を買われて勧誘を受けた、影内や漆原とは違う。自ら進んで悪の道に落ち、自分にできる能力で組織に貢献しようとする、また別種の異端者なのであった。

「どうします、首領? 部下同士の争いを止めるのも、指導者の役目じゃないんですか」

「うーむ、そうだな。雑誌の一冊や二冊ぐらい、経費に含めても良かろう。だが、きちんと事前に申請の手続きを取ることを怠らないようにな、影内」

「えーっ。そういうのめんどくさいんっすけど」

「文句を言うではない。そもそも夜野が怒っているのは、漫画を経費で買ったことではなく、事前に許可を得なかったことだ。それでは騙し討ちと同じだ」

「だって、騙し討ちは喧嘩で一番使える手じゃないっすかー」

「確かにそうだが、味方に喧嘩を売ってどうする。お前の刃はよく切れる。向ける相手を間違えないことだ」

「……へーい」

 影内は渋々といった様子で、口をとがらせながら返事をする。

 続けてクラヤミは夜野の方を振り返り、彼女にも優しい口調で諫める。

「参謀。貴様も貴様で財布の紐を縛りすぎだ。経費が足りなければ足りないと言えば良い。節制は美徳だが、痩せすぎれば身をやつれさせる」

「ですが、絞れるところは絞るべきです」

「そう己をすり減らさずとも良い」

 そう言うとクラヤミは、突然どこからか小さな箱を取り出す。

 中から取り出されたのは、苺の乗った1ホールのショートケーキだった。

「そ、総帥!? そのケーキは、一体どうしたのですか……?」

「いつも頑張ってくれている貴様達に対するわしからの労いだ」

 そう言うとクラヤミは、買ってきたケーキを自らの手でいそいそと切り分け始める。

 全身を真っ黒な鎧に包んだ仮面の男が、器用に人数分のケーキを取り分ける異様な光景に誰一人として口を挟めない。

「そもそも参謀。貴様、事務用机にノンシュガーの徳用キャンディを、自腹で買って詰め込んでいるだろう」

「ど、どうしてそのことを!?」

「貴様は自分も他人も律しすぎだ。多少のわがままは遠慮せずに言うがよい」

「で、ですが……」

 ためらい気味の表情で、夜野はケーキの乗せられた皿をクラヤミから受け取る。

 一方、ヤンキーの青年といい歳した中年が横から口を挟んだ。

「あ、じゃあ総帥! 俺、その一番苺が大きいやつください!!」

「俺は、渋めの茶が一杯欲しいですね」

「あなた達は遠慮がなさ過ぎです!!」

 不躾な二人の男たちに、夜野は怒声を上げて一喝する。

 そして今度は、自分に分け与えられたケーキを前に、手を付けるべきか否か、色々な感情の入り交じった表情で悩み始めてしまう。

 そんな彼女に、影内はわざと挑発的な声色で問いかけた。

「夜野さんもしかして食べないんすか? ダイエットっすか? なら俺が食いますよ?」

「いっ……いいえ、ちゃんと頂きます! 総帥から賜わったご厚意を無碍にするわけにはまいりませんからね!!」

 うわずった声で叫んだ夜野は、意を決したようにフォークをケーキに突き立てる。

 そして一口ほおばると、クリームとスポンジの柔らかな食感に頬を綻ばせるのだった。

「それでいいのだ。我々は軍隊でも会社でもない。やたらと規律で縛りすぎても窮屈になるだけだ」

「そういえば、それなんですけど総帥……」

 クラヤミの言葉に反応した漆原が、何かを察したのか静かに声を上げる。

「【修正自警法】でしたっけ? 今日の会議はてっきり、あの法案についての話とばかり思ってたんですけど。まさかお茶会するために幹部を集めたわけじゃないですよね」

 甘いケーキの匂いによって緩みきっていた会議室の空気が、ピリッとした緊張感を孕んだものへと変わっていく。

「貴様は見かけに似合わず、本当に勘が鋭いな。漆原」

「これでも元は俳優の端くれなんですよ。誰よりも怪獣の心情を繊細に表現できる技巧派って言われてたんですから」

「なるほど、それは侮ってしまったようで済まなかったな」

 クラヤミはケーキを食べ進める手を止めることなく、茶飲み話を始めるような何気ない口調で罠死を切り出す。

「ぶっちゃけ、【修正自警法】はわしの野望にとって非常に面白くない存在だ。正義の為に集った自警団たちを、規律正しい軍隊にしてしまおうという風情の欠片もない悪法だ」

 口調そのものはいたって軽く、しかし内にこもる感情は極めて重く。

 クラヤミは口元についたクリームをハンカチで拭いながら、集まった幹部たちに問いかける。

「できればあの悪法を叩き潰したいところではあるが、それは法治国家に対する反抗だ。国家そのものと戦う行為にも等しい。そこでまず、皆があの法律についてどう思っているのか、意見を募りたい」

 作り物の悪として、作り物の正義と戦い続ける道を選ぶのか。

 あるいは〝本物の正義〟を追い求め、その為に〝本物の悪〟となる道を進むのか。

 〈SILENT〉という一人の男が漕ぎ始めた小さな船は、今や多くの社会の孤児達を抱え込んだ巨大な避難船となってしまっている。

 そしてその船は今、嵐に向かって進むかどうかの岐路に立たされていた。

久しぶりの更新ですがNAISEIパートに突入です

ところでNAISEIってなんですか?

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