なぜ僕なんだ?
子猫、ついて来ちゃった
翁と媼の後に続き、病室の外に出て気付いた
ここは、小さな待合室があるだけの
診療所だった
病院には間違い無いけど、
僕は勝手に総合病院をイメージしていたから
小さくて逆に驚いてしまった。
「幻世の病院はここだけ?」
僕は思わず翁に尋ねたら
「基本的に我々は、人と違って大病はしないからな?おかしくなったら、待つのは消滅だけだから、医者は小さな怪我位しか、必要無いんだよ」
概念が違うんだな。
死ではなく、消滅なんだ・・・
「稀に、治癒を得意とする奴もいるけどな、そいつらは大概気まぐれだ、アマビエのなみこは常駐してくれるから、助かってるよ」
人間なら普通なのに、
なみこは、妖の中だと変わり者のようだね
「さて、とりあえず向かうかな。悠よ、よそ見をすると迷うぞ?付いておいで」
僕が、初めて見る世界の
あちこちに興味を示していたら
翁から忠告されてしまった・・・
「どこに向かっているの?」
僕は目に入って来る情報を、何とか意識から排除しながら、翁に話しかけた
「これから、悠が住む所だよ」
え?ここで1人で暮らすの?
知らない世界で一人暮らしなんて、
大丈夫だろうか?
「あの・・・」
不安になり、翁に声を掛けて見たが
「ほれ、着いたぞ。ここだよ」
既に目的地に着いてしまった。
道祖神に連れられたのは、どこか懐かしい
古くて小さな一軒家だった。
「ここに住むといい」
僕は玄関にあたる土間から、家の中を見た。
土間には竈があり、板間に上がると、
中央には囲炉裏がある
IDKだ
I囲炉裏 D土間 Kキッチン
——部屋は・・・どこ?
襖がある。
隣に部屋があるのだろうか?
建て付けが悪くて
ガタガタさせながら開けると
——押入れだった
奥の2つ並ぶ引き戸の片方を
そっと開けて見たら
——五右衛門風呂だよ
もう一つの扉は見なくても分かる
きっとトイレだろう
念の為確認したが・・・
無論、汲み取り式だ
——無理だ
現代っ子の僕は軽く絶望感を味わった。
部屋はまだいい。
神社だから、古いのは大丈夫
でも、風呂とトイレの薄汚なさは無理だ
「ほれ、悠「るーむつあー」とやらはおわったか?ならば座れ、話をするぞ」
振り返ると、翁は既に
囲炉裏端で座っている
僕は渋々、囲炉裏端に胡座をかいた
「まず、悠がこちらに来る事になったのは、阿修羅を呼ぶ為の"転炎の焔"に飲まれたからなんだよ」
青黒い炎は「転炎の焔」っていうのか
「そもそも、なんで阿修羅を呼んだの?」
あの筋肉マッチョ、
かなりアブナイ奴だったような
「ここ幻世は、弱き者が集まっている世界だと、先程伝えただろう?」
翁が話し始め、僕は頷いた。
「いつからか、羅刹の手先の者が入り込んでいたんだ。初めの頃は大人しくしていたんだが、最近になって、あちこちで悪さをする様になった」
羅刹・・・そいつが悪いのかな?
「幻世には弱き者しか居ないから、皆怯えてしまってな、顔馴染みの神達に願ったんだ。
しかし、見て見ぬふりで、誰も動いてくれなくてな」
翁と媼は悲しそうに目を伏せた。
「いつも、正しい判断をする、帝釈天様に伝えたが、日本に帰れとしか言われなかった」
え?何で?帝釈天って確か
『秩序と正義』の人じゃなかったっけ?
「弱き者は、日本には居られないから幻世に逃げたんだが・・・それを、帝釈天様は理解はしてくれなかった」
理解しないって、何でだよ
「どうして?だって悪いのは、悪い事する羅刹の手下じゃ無いの?」
何で、被害者側の気持ちを無碍にするんだ?
「自らが対処できないなら諦めろと、幻世は理に反していると言われてね?世界の秩序を乱すらしい」
翁は、首を横に振りながら、
諦めた様に話を続ける
「帝釈天様が認めないから、あちこちに声を掛けても、無駄だったんだよ」
そんな・・・弱き者は見捨てるって事かよ
僕は少しだけ苛立ちを感じたが、
なぜだか、直ぐに収まった。
「諦めきれず、働きかけていたら、阿修羅だけが動いてくれたんだよ。既に何人か、使者を送ってくれてね」
え!阿修羅、いい奴だったの?
あの見た目では、そうは見えないよ・・・
「幻世の神獣達も、協力して頑張ってはいるけど、元より戦闘を好む者は、幻世では少なくてね。我々と使者様だけでは、取り締まる事が厳しくなったんだ」
ああ、だから阿修羅を呼ぼうとしたんだ
「阿修羅が秘密裏にこちらに渡る為に、わざわざ転炎の焔を使ったんだ」
阿修羅は、助けに来るつもりだったのか
——沢山の神様は見過ごしたのに
「悠は、神の器だと言っただろう?神の器は特別なんだよ。器となる者は人と神の中間の存在にあたるんだ」
特別とか器とな言われても、実感がないし
「人と神の中間?なにそれ?」
全く意味がわからないです
「その身に、神を下ろす事が出来るんだよ」
イタコみたいな感じなのかな?
そんなの、やったことないけど
あれ?もしかして僕、中身が無いのかな?
確かに、余り自己主張はしないけど・・・
いや、それは母ちゃんが怖いせいだな
「阿修羅は、悠の身体に憑依した状態で、帝釈天様の目を盗んで、こっそりとこちらに渡るつもりだったんだよ」
さっきから、ちょっと気になっていた
何でこっそりなんだろう?
「帝釈天は阿修羅が幻世に来たら怒るの?」
もしかして、他の神様も何か言われたのかな
「元より、因縁のある二人だからね・・・」
あれ?その話、何かで聞いた気はするけど
ダメだな、思い出せないや
「僕、事情も知らずに完全に拒否したんだ、向こうで色々あって、憑依の途中で焔に包まれたから、阿修羅は・・・ごめんなさい」
ちゃんと話を聞けば良かった
母ちゃんの回し蹴りで、霊体千切れたけど、
あれ、大丈夫だったのかな?
「何、どうせ阿修羅が、無駄に悠を驚かせたんだろう、こちらも、時期が早過ぎた様だ。悠のせいじゃないから、気にするでないよ」
翁は、優しく微笑んでくれたけど、
幻世はこのままじゃ、困ったままだ
「それに、悠は「半神」の阿修羅とは、かなり相性が良かったのだろうな?悠の中に、阿修羅様の力が、しっかり残って、そのまま定着しているよ」
——え?阿修羅の力が僕に?
「阿修羅の力って、僕にはわからないよ?」
手であちこち触って見たけど、
腕も顔も数に変化はない
下半身しか憑依しなかったからか?
まさか・・・
僕は、恐る恐る自分の下半身を見るが
「ははは、見た目にゃわからんよ。そもそも悠の肉体は特別だろうから、今まで何度も狙われただろう?魔を払った経験は?」
翁に笑われて、ほっとした様な
ムキムキになれず、ちょっと残念な気持ちだ
狙われた経験は・・・
「何度もあるよ?でも払い方は適当だよ?」
そう言えば、嫌な感じのやつが来たら
昔は片っ端から弾いていたな
——狙われていたのか
「祝詞を唱えれば、悠の力なら一発で空間ごと浄化できるだろう?」
う・・・それ、爺ちゃんにも言われた
「祝詞なんて覚えて無いよ・・・」
僕は気まずくて、翁から目を逸らす
「今までは「かしこみかしこみどっか行け」って、払っていたんだけど・・・」
翁は苦笑いをした。
「悠の祈りの力が、強いから小物なら大丈夫だが、この先、祝詞は自分を守る為に覚えた方がいいよ」
翁は懐から紙を出すと、
さらさらと祝詞を書き始める
綺麗な字だな、と眺めていたら
翁と媼の空気感がガラリと変わった
取り巻くオーラまで見える気がした
「悠よ、己が欲を捨てよ「他者のため」に
心から願い祈ればそれは己が力となる」
翁が放つ言葉に、力が宿った様に見えた
——やっぱり神様なんだ
少しだけ畏怖を感じていたら
僕の懐から、ひょこっと猫が顔を出した
「みゃっ」
子猫は僕を見て、挨拶するように鳴いた
「気配はあったが、そんな所に居たのか?」
翁の気配は穏やかに戻り、
子猫をみて話しかけた。
「みゃーん」
子猫は、懐から出て来て
翁に挨拶をしに行った
「ごめんな?入れっぱなしで、すっかり忘れてたよ。ついて来ちゃったのか」
あの時、暑さに負けていた子猫だ
どうやら幻世に連れて来てしまったみたいだ
「どうりで・・・悠が落ちついとった訳だな?居てくれてありがとうな」
翁は、子猫の頭を軽く撫で
部屋をぐるっと見回すと
「このままでは住みにくいよな?住処を準備する間、悠はちょい散歩してこい」
と、言うや否や
「ほれ、邪魔だ出ていけ」
と、猫と一緒に家から放り出された
「えっと、僕と一緒に行くか?」
とりあえず、子猫に話しかけると
「みゃーん(はーい)」
と、子猫は返事をして
僕の肩によじ登って来た
「ははっ、話がわかるみたいだ」
僕はとりあえず、子猫と一緒に
まだ何も知らない街を、散策する事にした
悠の神力は、祖父以上に強いです。




